魔界従者完結お礼SS(ルシさん)



 ルシさんが魔界の王様になってから、おおよそ半年が過ぎた。
 ルシさんが自分の魔力の一部で作ってくれている、小さな分身……いわゆる『小ルシさん』は、私の身体が瘴気に毒されないようにって事でこの家に居る。
 小ルシさんは、魔力の残量が少なくなると徐々に薄れていき、およそ2か月程度で消えていく。
 最初に来た小ルシさんは既に消失し、それから2代の変更があったから今は4代目だけど、このルシさんもそろそろ世代交代かな。
 なんか芳香剤とかみたいにお取り換え時期とか来るの嫌なんだけど。
 悪魔の角が生えたルシさんは、堕天使の頃と比べて(健康だけど)顔色は悪いし、羽もいっぱい生えた。
 多分ソーシャルゲームのカードとかだったら、レジェンドとかそういう星の数が多いやつだと思う。
……かっこいいけど、なんとなく慣れない。
「おはようございます、ルカさん!」
 うちに出向している小さなルシさんと、本体のルシさんは、記憶や意識も共有しているらしい。とても便利なんだ。
「おはよう、ルシさん」
 挨拶を返すと小ルシさんは嬉しそうに頷いてからぱたぱたと羽を忙しなく動かして飛び、私の肩に座る。


 これ、最初は飛んできたら虫みたいに見えてびっくりして、はたき落としちゃったりしたんだよね……。
「ルカさん、聞いてください。僕、一旦仕事が落ち着きましたので……今日そちらへ帰宅しようと思います!」
「えっ!? ホント? 帰ってこれるの?」
 思わずそう尋ねると、ルシさんははい、と至極嬉しそうに答えた。
「僕の就任前後にあったようなゴタゴタはようやく落ち着きましたから。
最近はクロセルに任せておけるくらいに仕事も少なくなりましたので、ようやく安心して帰ることが出来るのです……!」
 悪魔の王様になろうとも、ルシさんのキラキラスマイルは衰えを知らない。
 むしろ輝きを増しているようでもあったけど、ルシさんが私の肩に乗っかっていなければ、ちゃんと見えたんだけど残念だなあ。
 いや、バッチリ見てしまったらキラキラ光線に目が灼かれるかもしれない。傷が浅くてよかったよ。
「ルシさんは食べたいものとかある? せっかくだもん、ご馳走作っちゃうよ」
 すると、ルシさんは再び表情を輝かせ、お魚の煮物が良いとか、パスタだのと要望を告げてくれたので、これに使う材料はニーナに買いに行かせよう。
「そういやルシさんは、お城でいつも何食べてるの?」
「黒山羊の一部とか……です」
 黒山羊の一部『とか』?
『とか』の続きはなんか怖いから聞かないでおこう。多分日本人的にゲテモノに属する類のモンだと思う。
「王様でも、好きなものや上等なものを食べられないんだね」
「魔界で手に入る食材は限られていますからね……黒山羊も貴重なのですよ。
それに引き替え、人間界には宝石も酒も欲望も食料も溢れています。
ですから悪魔はこれらにも弱くなるということも、今回初めて知ることが出来ました」
 悪魔も生活事情は大変だねえ。そして、新たな発見にルシさんは満足そうである。
 人間も悪魔も、おのぼりさんは都会に囚われてしまうんだな。
「何やら朝から賑やかですな」
 強面のアンドロマリウスさんが普段より柔和な表情で居間にやってくると、私の肩に乗っかっているルシさんを見つけ、深いお辞儀をする。
 ルシさんも座ったまま、笑顔で頷いた。このお城で、ルシさんに恭しく頭を下げるのは彼だけだよ。
 セーレもヴァラクもおはようだけだし、私達も頭を下げた事はない。
「ルシさんはだいたい何時頃こっちに帰ってくるの?」
「本日の夕方です。そうですね、18時頃でしょうか」
 げっ。ニーナに買いに行かせる時間無いなあ。あいつ半日かかるもん。
 しょうがない。私は多分こうしなくても聞こえるだろうけど――階上へ向かって『セーレ』と呼んだ。
「我をお呼びか、主よ」
 まるでシャボン玉が割れるような、ぱちん、というごく微かな音を立てて瞬時に姿を見せたストロベリーブロンドの少年、セーレ。
 その身体を空中にふわふわと浮かせたまま、悪意のない微笑みを湛え、私の顔を見つめて軽やかに応じている。
「あのね人間界……私がいた年代で、お買い物してきて欲しいの。ご帰還するルシさんのために、ご馳走作りたいから」
「御意に」
 買い物リストを書いてあげようとしたが、私は魔界の文字を知らない。
 文字くらい覚えろとか無茶を言うヴィルフリートに代筆してもらい、そのメモを持ってセーレは買い物に出かけていった。
 その気になれば、一瞬で買い物を終わらせてくれるけど、最近は品質重視で、とお願いしたせいか、一、二時間かけて上質なものと人間界のお土産話を持ってきてくれる。
 根野菜なんかさ、土がついてるくらい鮮度良かったりするから、店売りじゃないんだろうな……。
 この間なんか、牛一頭持ってきたからクライヴさんに解体してもらったよ。あの人眉ひとつ動かさないで捌くけど、背中に怒りのオーラがこみ上げてんのが分かったよ。怖すぎ。
「ルカも随分、俺たちの扱いが上手くなったなあ……」
「ご立派になられて、僕らとしても鼻が高いです」
 しみじみとヴィルフリートが言えば、ルシさんも晴れやかな顔で一片の悪気すら無く応じていた。
「こんなに悪魔がいるんだから、そりゃ仕切らないといけなくなるでしょ……あ。そういやクライヴさんは?」
「朝の訓練」
 相変わらず真面目さんだなあ。
 ルシさんが魔界の王様になったおかげで、彼に深い関わりがあるこの城は狙われなくなった。
……にもかかわらず、クライヴさんは日課の訓練を欠かさない。
 今までの生活習慣を止めろというのもおかしいし、唯一彼が熱意あって取り組んでいることを奪ってしまっては、本当に無気力な若者になってしまう。
 相変わらず訓練後の朝風呂が好きなくせにきちんと身体を拭かないから、シャツが水滴で濡れる水玉模様になったままやってくるのも、ちょっと可愛い。
 多分、もうじき来ることだろう。
「ヴィルフリート、朝ご飯作るからあんたも手伝ってよ」
「イヤだね。なーんで城主がメシ作るんだよ」
「そんなこと言ったら、私はみんなの主人だけど」
「主人が下々のメシや生活の面倒見るの当たり前だろ。
お前がやらなかったら、誰がやるんだよ」
「う、うん……?」
 ヴィルフリートが言ったのは、当然のことのような、そうで無いような……。誤魔化された感があるけど、なんか口じゃ相変わらず勝てない。
 首を捻りながら料理の準備をし始めると、ルシさんが手伝いますよと、キッチンの台に立つ。
「いや、魔界の王様にそんな……」
「この姿も今日で最後ですから、何か記念に」
 何が記念になるのか。偉い人の考えることはよく分からないよ。
 ぐっと拳を握ったルシさんは自分より大きいであろう包丁に歩み寄ると両手で掴み、まな板に置かれたハムを切ろうと振りかぶる。
 あの、とりあえずまな板には上がらないでください。っていうか――ツッコミはそこじゃない!!
「ぎゃーっ、ルシさんっ、危ない!」
 気合い十分なルシさんだったが、包丁の重さに踏ん張れずよろけ、後ろ……つまり空中に放り出されるような格好で流し台から転げ落ちた。
 慌てて手を差し伸べようとしたが、ヤツは刃物を持っているため掴むことが出来ず、私は逆にビビって手を引っ込める事となった。
 やばい、もうダメだ……ルシさんが包丁の下敷きで串刺しになっちゃう!
 思わず目を覆った私だったが、断末魔の叫びもガチャンとも聞こえてこない。
「……す、すみません……平気、です……」
 ルシさんは床に落ちず、背中に生えた羽全てをいっぱいに広げ、包丁にしがみ付くような格好で空中に浮遊していた。
 仮にルシさんに包丁が刺さっても、本体じゃないから大丈夫、なんだろうけど……ビジュアル的に見たくは無いやつだよね。
「お互い怪我がなくて良かったね……ちょっと心臓が飛び出しそうだった」
「要らぬ心配をかけました……とりあえず……包丁作業は止めた方がいいと分かりました……お返しします」
 まな板の上に包丁を置くと、ルシさんは流し台の端っこにちょこんと座り、指示待ちの姿勢になる。
 凄い可愛いんだけど、ちょっとなんつーか、邪魔というか……。
「ルカ姉ちゃん、何してるの!? あっ、お料理ならボクも手伝うよ!」
 異臭と共に現れたのはヴァラク。すっごいこの子自体は可愛いんだけど、この子が座ってるこの双頭竜、ゾンビ竜だからクッサイんだよ。
「あー……あの、ホントまだ、手伝いとかいいから……うぷ、座ってて?」
 胸にこみ上げるのは感謝だけではなく、異臭が促す吐き気もあるんだけど、こんな可愛い子供の好意を無碍には出来ない。
 私はぎこちないけど精一杯の笑みを向け、ルシさんとヴァラクを台所から遠ざけた。


 数時間後、セーレが持ってきてくれた食材(これを手に入れる際、代金発生の有無は聞かないことにした)を使って、ルシさんのお帰りパーティー(ってほどでもないけど)ご飯を作ることにした。
 リクエストは既に聞いてあるから、後は作るだけなんだけど……こうやってるとなんか、奥さんみたいじゃない?!
 旦那さんの帰りを待つ若奥さん。いいねいいね、なんか妄想性高いね。
 でも、小ルシさんとかヴァラクって見た目の小さい子がいるから、若奥さんというよりただのカーチャンみたいになってるけどさ……。
 キッチンで1人ニヤニヤしていると、私の真後ろにヴィルフリートが立っていることにすらしばらく気づけず、肩を叩かれて飛び上がるほど驚いた。
「ぎゃあっ!」
 いや、多分浮いたね。少しは。
「何してんの、お前。気ッ持ち悪りィ」
 そんな吐き棄てる言い方しないでくんないかな……確かに気持ち悪いだろうけど凹むよ……。
「あいつが帰ってきたぜ」
「うぇっ!? まだご飯作りきれてない!」
 私の慌て様を見ているはずなのに、ヴィルフリートは『そんなもん食いながら作りゃいいだろ』と言うけども、台所には何回も立ちたくないよ!
 でも、ルシさんが来てるならすぐに会いたい。
 とりあえず火を止めて、エプロンを外すとキッチンから階下へ猛ダッシュ。
 あーあ。私の陸上部としての走りは、たいして活用できなかったな。
 それでも、一度は生き延びたんだから完全にムダになることはなかったよね?
 そんな事を考えながらヴィルフリート城の正面玄関へたどり着くと、悪魔達は皆一様にして跪いていた。
 ヴィルフリートですら私の横を通り過ぎ、皆と同じように片膝をついて頭を垂れる。
「お帰りなさいませ、我らが魔界の帝王」
「はい。皆様、留守中もよく働いてくれました」
 この柔らかく耳に届く声。
 玄関には、爽やかに笑う黒衣のルシさんの姿があった(まあ小ルシさんを毎日見てるわけだから間違えることはないけど)
 悪魔たちの所作に慌てるかと思いきや、ルシさんは柔軟に対応して皆へ『どうぞ楽に』と言ってから、それを眺めている私やクライヴさんを見て肩をすくめた。
「どこに行ってもこんな感じなんです。ちょっと緊張してしまうんですけど、敬意の表れですから止めろとも言えませんし」
 そんなルシさんに、迷いなく近づくクライヴさんは『いいんじゃないか』とクールな笑みを浮かべた。
「わたしとマスターは君に仕えていない人間だから、頭は下げない」
 やだ……カッコいい……! クライヴさんは、たまにサラッとキメてくるからヤバすぎるよ。鼻息荒くなっちゃうじゃないか!
「やだーこの子、鼻息荒いわあ」
 おどけた口調でヴィルフリートが私を煽ってくるんですが、そこはぐっと我慢しましょうかね。
「……ルカさん……」
「ルシさん……おかえり」
 はにかんだ笑顔を見せながら、ルシさんは私の方へと歩み寄る。
 ルシさんも数歩私に近づき、両の手を広げた。

 そんなことされちゃったらさ、飛び込みたくなっちゃうじゃない。

 私の歩幅も大きくなり、早足になって、ついには駆け足になり――ルシさんの腕に飛びつくようにして抱きついた。。
「ルカさん……」
 身体を抱きしめてくれるルシさんの手は優しい。
「……ただいま戻りました。少し寂しい思いをさせてしまいましたね」
「うん。でも、こうして帰ってきてくれたから大丈夫」
「ああ……そんな可愛いことをおっしゃるなんて。本当に嬉しい……」
 頬を寄せながら強く抱きしめてくる腕は力強くて、ルカさん、と私の名を何度も呼んでくれる。
「会いたかった。とっても……この数ヶ月は何百年にも、何千年にも等しいくらい長くて。
ここに戻ってくることが……貴女をこうして抱きしめることが出来て本当に、言葉で言い表せない程に嬉しいです」
 姿が変わってもルシさんはルシさんのまま、その優しさも可愛さも可憐さも……うん、女の私より中身がすごく可愛いよルシさん……。
 再会の抱擁をいつまでもしていたいところだけど、ルシさんに声をかけたそうな人々が他にも居るから、とりあえず離れよう。
 アイドルのライブ衣装みたいな上着(なんかルシさんが動くとキラキラしてる)を揺らしながら歩くルシさんは、柔和な顔つきであっても、確かにボスキャラ然としていた。
「ねえルシさん、魔界に勇者的なやつが来たら戦うの?」
 ついそんなゲームの世界みたいな事を聞いてみると、あっさり首肯してくれる。
「ええ、挑まれたらそうなりますね。しかし、悪魔の方々は優秀ですし、勇者はわざわざ魔界に来ませんね」
 あっさりとした答えに、アンドロマリウスさんが『次は257年後ですな』と補足するように口を開く。
「人間界には、人間界を統治する魔王がいます。
最近の魔王は、細々と人々から目立たないよう統治しているばかりか、素性が明らかになりそうであればその場から姿を消します。
その間に人間が世界的に大きな事を起こすため、こちら側のことは気づかれにくい。非常に優秀ですよ」
 そう褒めちぎるルシさんだけど、私たちの世界は、悪魔達と共に物騒な歴史を歩んできたのか。すごいもんだね。
「……ルカお姉ちゃん、ボクお腹すいちゃったよ。積もる話はさ、ご飯食べながらにしない?」
 私の服をくいくいと引っ張りながら、ヴァラクが上目遣いをしてくる……けど、私の服引っ張ってんの腐り竜なんだよね。
「そうだね。私もお料理ほったらかしだから、できれば早く戻りたいかな?」
「僕もお手伝いしますよ。今度はきちんと、包丁を持ちますから」
 にこにことルシさんがそう答えてくれるんだけど、いやもう魔界の王様にそんなことさせられませんから……。
「じゃあルシさんは、紅茶淹れて欲しいな。ずっと飲みたかったんだ」
 すると、ルシさんは透明感のある笑みを向けてくれたあと、喜んで、と言ってくれた。
「ようやく、自分の居場所に帰ることが出来たんです。とびきり上等な物を淹れますよ」
「うちにそんないいのあったっけ」
 戸棚には普通のお茶しかなかったと思ったのだけど。
「バルティノマイランを乾燥させた物って、いいお茶になるのですよ」
 バル……あっ、あのおじいちゃん草か!!
「やだやだ! あのおじいちゃん草はロクな事がない!!」
 確かあの草で身体洗うとエッチな気分になるんだよね! 根っこもしわくちゃで怖いし!
「乾燥させれば毒性は消えてるっつの」
 ヴィルフリートが言うことを否定してるつもりはないけど、拒否反応というかそういうので受け付けたくない。
「普通のでいいので……」
 どうかお願いします、と両手を合わせて拝むと、ルシさんは分かりましたと苦笑する。
「では、普通をより一層美味しく淹れましょう……我が主の手料理の後で」
 何でも無いことのように皆頷くんだけど、私にとってここに居るみんなは従者というより家族なんだよね。
 家族の食卓か――うん、いいじゃないか。
 ひとりでクスクス笑いながら、抑えきれない喜びを噛みしめていたのだった。

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