とある姉弟の会話

 弟が『勇者になる』って言い出した。きっかけは多分、私の怪我だと思うんだけど……
 最近魔物が多くなって……かくいう私もゴブリンに襲撃されて、怪我しちゃったんだけどね。
 狩人のお兄さんが来てくれなかったら、ホント危なかったわ。命の恩人だよ。
 お母さん曰く、狩人さんは目を離した隙に、お礼する間もなく消えちゃったそうだけど。
 うわ、なんて恩知らずみたいなことしちゃったんだろ。
 足の怪我は切り傷とねんざの併発。数日で治るそうだから、思ったより症状軽くて良かったよ。

 で、私は足の怪我、なおかつ動けないから、歩くことはおろかベッドでボーっとしてるくらいしかなくて。暇なのよね……。
 そしたら、弟が勇者になる!  とか言い出してビックリ。
「あんたねっ、勇者って何するかわかってんの!?」
 思わず怒鳴りつけてやったわよ。そしたらコイツってば、しれっとした顔で言うわけ。
「世界を救う勇敢な人」
 うわ、アバウトすぎ。でも、私も偉そうに説教しようとしたけど――勇者様って、どんな人なのかよく分からない。
「世界を救うって言っても、剣だって使えないでしょ?  勇者様になるんだったら、それくらい使えないとダメなのよ」
 ここはひとつ……誤魔化しておこう。それっぽいことを言えば、弟もバカだからきっとわからないはず。
 でも、弟は不満げな顔で『今日から練習するから平気』とか言い出した。
 そんなんじゃ、あんたが勇者になる前に世界が平和になってるよ……。
「とにかくやめな。勇者なんて、一朝一夕でなれるもんじゃないんだからさ」
 よく分からないけど、選出されたり家族の誰かが勇者だったから~、とかで決めるんでしょ?
 ま、違っていたとしても、ウチの弟みたいに剣術はダメ・体力もない・努力嫌い・コミュ力低いうえにアホそう、とかじゃどー見てもムリ。お気の毒様ね。冒険の書だって破り捨てちゃうわよ。

 でも、人から全否定されるとムキなるわけで。案の定、顔を真っ赤にして不満そうな顔するの。
「ぜったいなる!」
「それなら、勇者じゃなくてもよくない?  お城の番兵さんだって、立派に国を守るお仕事じゃない」
「いやだ。かっこよくない」
「……あんた、全世界の番兵さんに謝っときなさいよ……」
 とはいえ、しょーがないわよね。男の子だったら、強い男に憧れる気持ちはあるんだろうし、わからないでもない。
 女の子だって、勇者様とか王子様とかがある日突然告白してくるとか運命の出会いとかそういうのに憧れ……おっといけない、私の黒歴史を晒しちゃうところだった。危ない危ない。誰が聞いてるか、わからないものね。
「――そもそも、なんで勇者になるって決めたの?」
 そうよ、そこなのよ。昨日までコイツ知らない間に人の日記を盗み見てたし……当然ぶん殴っといたわ。コイツは勇者じゃなくてシーフなら……あー、うん、どっちも向いてない。川べりで釣り糸垂らして、空のバケツを持って帰るのがお似合いね。
 そう思ってたら、弟は怒ったように言う。
「だって……姉ちゃん、魔物のせいで怪我しただろ。親玉を倒せば、魔物もいなくなるかなって」
……ごめんね、お姉ちゃん間違ってた!  なんてうちの弟はいい男なの!?
 いや待て。この子、もしかして勇者=単独行動だと思ってる?
「ちょ、ちょっとまって。あのさ、さすがに一人で倒そうって思ってないよね?  お友達とか仲間誘うよね?」
「なんで?」
 真顔で答える弟。

――なんでって!  やだこの子一対一で倒そうとか思ってたの!?  いまどき魔物だって徒党を組んでるっていうのに!!
 ガチで強い勇者様っていうのは確かに素敵すぎて、キャー勇者様結婚してー!  ってなるかもしれないけどさぁ!
「……あのね、勇者様だって仲間を連れて倒しに行くんだよ。一人なんて危ないし無理だし。王様だって、たけざおしかくれないわけじゃないんだし」
 弟は不可解な顔をする。まあ、わかんなくていいよ。私もよく分かんないし。
「友達とか連れて行くの、めんどくせーよ」
「めんどくさい、ってあんたねぇ……」
 友達は大事だよ、って言いかけて――や、待った。
 もしかして、うちの弟……友達いないとか、そういうぼっちキャラなんじゃないの?
 だったら仲間を連れて旅に出ろなんて言ったら、それは罰ゲームくらいに辛いことを強要してるのかも……!!
「……姉ちゃん?」
 弟が不審そうに見てる!  ヤバイヤバイ、ここは姉の威厳を無くさないように極力穏やかな態度で接さなければ!
「強さというのは、腕っぷしだけじゃなくて心の強さも必要なのよ。あんたはまだガキだから、知り合いを一人でも多く作ることからはじめなくちゃね。人脈を広げていけば、かけがえのない仲間ができるかもよ」
 あ、あたしイイこと言ってる。弟が勇者になって、自伝とか発行されたら『この時の姉の一言が云々』て載るかもね。
「めんどくせー……」
 めんどくさいめんどくさいって、あんたはどこのホムンクルスなのよ。
「……じゃあ隣近所の人たちくらいには、ちゃんと挨拶できる子でいてね」
 姉の心弟知らず。逆もしかりだけど、勇者じゃなくても近所づきあいは大事だからさ。
「で。どうなの?  勇者様になるための訓練しなくていいの?」
「さっきまでやめろって言ってただろ」
 確かに言ってた。やだ、あたしったら、実現ゼロに近い可能性の利益につられて!  欲に目がくらんでしまったわ!
「……まあ、勇者にならなくたってさ、あんたが私の為にそう思ってくれた――ってだけで十分嬉しいよ。ありがと」
 その言葉に嘘はない。だって、こんなに真剣な弟の顔見たことないし、
 何よりサシで魔王と戦おうとか思っていたくらいだったのよ!?  さっきまでこいつバカじゃないのとか思ってたんだけど、なんか今更感激してきた!  私も単純だなっ!
 弟は、じゃあ俺修行してくるから、とか言って外に出かけて行った。
 うんうん、おねーちゃん、実はちょっと期待し始めてきた。あんたが16歳になる誕生日の朝まで見守っててあげるからね。

 でも、世の中って、そんなに簡単にいかないみたい。
 一時間もしないうちに、弟は家に戻ってきた。

「……あれ?  修業は?」
「やめた」

……は?

「え、だって、勇者になるんでしょ?」
「もう倒しちゃったんだってさ、この辺の魔物」
 誰が、と尋ねると、弟は勇者が、と言う。
「だって……この地域に勇者様なんかいないでしょ?」
「しらねーし」
 そっけなく呟いて、お菓子を頬張り始めた。もう、弟のやる気はゼロね……。

 まあ、普通はこんなもんか……。
 なんだかガッカリしたような、現実に負けたような気分のまま、布団にもぐりこんだ。

 でもって、後日談なんだけど。
 私を助けてくれた狩人さん、いたじゃない?
 この間街で見かけたから声をかけたんだけど……彼は王様からの許可状を持っていて、そこには『勇者ヴァンとその仲間たちの通行を許可する』って記されてあった。
「ええっ!?  ゆ、勇者様だったんですか!?」
「そういうふうに言われてるけど、仲間が支えてくれるおかげだよ」
 狩人……いや、勇者様は、どうやら王様から命令されて、魔物退治をしに行く途中だったみたい。
 そこで魔物に襲われてる村の人……私がいたから助けてくれたらしいわ。
 で、弟が言ってた勇者様っていうのが、じゃあこの人だったんだ。ううん、なんか勇者って感じがするわ。

 そして、勇者様ご一行はもう旅立つそうだ。残念な事に恋が芽生えそうにもなかったけど、

私の命の恩人は勇者様だった――っていう、ちょっとした素敵な展開だったのでした。