悲しみは続いていく


 杖村さんと一緒に公園へやってきた私は、のびのびと遊ぶ小さい子達の歓声を聞きながら公園の奥――通称『市民の森』を目指す。
 この森は、私有地を一般に開放する事を条件として城戸浜市に貸与し、地域住民の憩いの場や環境保全等の名目で管理をして貰っているらしい。
 申請が通れば期限は更新延長できる。
 契約できれば土地所有者は手入れなどの負担も無く、おまけに減税などの恩恵はあるので、広大な敷地を持て余している地主さんには結構便利な制度みたい。
「見て、来須さん。かわいいお花」
 杖村さんが指し示したのは、黄色い花弁が五枚ある小さな花だった。
「本当。ここは木が生い茂っていて日が当たらなそうなのに、たくさん咲いているのね」
 私は顔を仰ぎ、高く伸びた広葉樹が日射しを遮っているのを見上げた。
 柔らかな日射しを浴びている葉は、緑も鮮やかにその姿を見せている。
 時折風に揺れ、葉の重なり合った間から、僅かな陽光が地面へ降り注ぐ。
 すると木々の合間を縫って、トトトと何か小柄なものが枝から枝へと跳び移り、駆け抜けていった。
「あっ! 見て、来須さん……リスもいるよ!」
 杖村さんが大きな声を上げ、興奮冷めやらぬ様子で私を振り返る。
 しかし、あれはリス?
 私が知っているリスは、縞模様があったけど……。
「本で見たリスと違うわ……」
 すると、杖村さんはふふっと笑って、リスにもいっぱい種類があるんだよと教えてくれた。
 私達は、こうしてリスを追いかけてみたり、池を見つけたりしながら、次第に森の奥へ奥へと入っていく。
 その時間は非常に楽しくて、過ぎていくのもあっという間だったようだ。
 元々薄暗い場所だったけれど、ふと、周りがいつの間にか暗くなっていた事に気がついた。
「ねえ、もう真っ暗よ。帰らないと怒られちゃう……そろそろ戻りましょう?」
 神父達は時間に厳しい。遅くなる際は連絡をしなさいとも言われているのに、電話もせず遊んでいたら間違いなく叱られてしまう。
 それに、これ以上暗くなって来た道も分からなくなったらどうしようもない。
 すると、杖村さんは不機嫌そうな顔をして、どうして? と声を荒げた。
「――どうして帰るの?
これから来須さんは、ずっとあたしの友達として一緒にいてくれるって思っていたのに」
「だって、家の人が心配するわ。
森は危ないところだし、怖い大人が出るかもしれないのよ」
「そんな事ない。あたしはずっと大丈夫だった!
それに、あなたは……初めて会ったときから、どこか普通の人とは違う感じがしていたの。
あなたなら、あたしの良いお友達になれる気がする。だから、ずーっと森で暮らそうよ!
すっごく毎日が楽しくなるはずよ! そうしましょう?」
 嬉しそうに手を叩いてはしゃぐ杖村さん。言っている事が突飛すぎる。
 そんな彼女に『普通の人とは違う』とはっきり言われた私の脳裏に浮かんだのは、施設での忌まわしき日々だった。
 恐怖と嘲笑を一身に受け、生きる意味を感じず、次の日に無事起きるという事が苦痛だった毎日。
 彼女ももしかすると、私と同じ境遇を経験していたのだろうか? 
「……杖村さんは、その……不思議な力のことで、誰かに虐められたの?」
 私の心配をよそに、杖村さんはあっけらかんとした様子で、ないよ、と告げる。
「あるわけないでしょ。あたしがその気になったら、人を病気にさせたりできるのよ?
気に入らなかったら、こっそり指をさしたり、髪の毛を入れたお人形さんを指や鉛筆で突いてやるの。
そうしたらね……次の日から会わなくなるんだよ? 最高に楽しいよね!」
「……杖村さん……」
 私の声から否定的な物を感じ取った彼女は、しょうがないでしょと首を振る。
 彼女のくるりとカールした髪が、感情を写したかのように激しく揺れた。
「だって、嫌なんだから我慢する事ないと思わない?
あたしは魔法を使えるんだから、使わないと勿体無いし!
ねえ、来須さんも何か出来るでしょ? あなたの側に、何かいるのがわかるもの! 二人で一緒に嫌な奴を追い払っていこうよ!」
 くすくすと可愛く笑いながら、杖村さんはそんな恐ろしい事を口にしている。
 正体は分からないにしろ、フォルネウスの事……彼女の言う『何か』が私の身体についているのは感覚で分かっているみたいだった。
「杖村さんと、私は考え方が違う。
意見が合うなら本当に良いお友達になれそうだと思えたから、余計に残念。
私には帰るところがあるし、嫌な奴だからってわざわざ病気になんてしたくない。
人に危害を加える魔法を好んで使う人とは一緒にはいたくないわ!」
 すると、杖村さんは癇癪を起こしたように嫌だと嫌だと騒ぎ始めた。
「来須さん、なんで分かってくれないの? なんでそんな意地悪言うの?
……どうしてあたしと同じだって分かってて魔法を内緒にしたがるの?」
「私は、杖村さんとは違う! 魔法なんて使えない!」
 私が大きな声を出してそんな物はないと否定すると、杖村さんはきょとんとした顔で私を見つめた。
「魔法、使えないの……?」
「出来ないわ」
 私には何らかの力があるとしても、自分の意思で行使できるわけじゃない。自在に使えないのだから、嘘を言っている訳ではないはず。
 杖村さんは暫く私を見据えた後、可愛らしい顔をチェシャ猫のようにぐにゃりと歪めて笑った。
「なぁんだ……使えないんだ……そうかぁ……魔法を使えるのはあたしだけなんだね。どうしよう……うふふ」
 困ったようでありながら、口調は嬉しそう。私の否定は、結果的に彼女の自尊心を満たしたようだ。
「分かったみたいで良かった。そういうことだから、私もう本当に帰るわね」
 これ以上一緒にはいたくない。
 森の道はますます暗く、道がぼんやりとしか見えない。
 来た道はどっちだったかと確認していると、杖村さんが私の肩に手を置いて、帰れないよと囁いた。
「……痛っ……?!」
 ぷつん、と小さな痛みが頭に走り、思わず後頭部を押さえて振り返る。
 杖村さんは既に私から離れていて、その指先で何かを摘まんでいるようだ……この痛みからすると、私の髪の毛を抜いたのだろう。
「何するのよ!?」
「来須さん。すぐ終わるから、ちょっと魔法を見てもらっていい?」
 そう言いながら鞄から何かを取り出す杖村さん。見たところ、毛糸で作られた人形……のようだ。
 すると、フォルネウスが私を呼ぶ。
『那弦様。効果は薄くとも、あれは呪いの品の一種です。
本来であれば相手の力量と那弦様の精神力次第の効力ですが、特別な訓練を受けていない貴女には現状とても危険です。
どうか助力として神父をお呼びください』
――呪いの品?
 そんな……杖村さんは、私を呪おうというの?
 それに、この連絡手段がない場所でどう神父らを呼べというのか。ルイ神父、クーヴェル神父、助けて……とでも念じれば良いのだろうか。
「杖村さん! その人形は何なの? なぜ私を呪おうとするの?!」
「呪う? うふふ、なぁんだ、やっぱり来須さん分かってるんじゃん。
そうだよ、これは、図書館で読んだ黒魔術の内容を見よう見まねでやったんだよ。
来須さんの髪の毛をこの人形の中に入れてね……あたしが指でぐりぐり押すと、痛くなったりするの」
「……やめてよ」
「うふふ、怖い? 怖いでしょ、大丈夫、呪いを受けてみたら、あたしが魔法使いだって信じてくれるでしょ?
呪われたくないから、言う事聞いてくれるでしょ?!」
 その目はある種の狂気にらんらんと輝き、私は背中に寒気が走るのを感じた。
「信じられない……! あなた、最初から友達じゃなくて、言う事を聞いてくれる人が欲しいだけ――」
「だったら何? 魔法使えないんだから、あたしのケライになってくれたっていいじゃない! じゃあ、いくよ……?」
 嫌がる私の様子を楽しみながら自分の利き手の人差し指を、私の髪入り人形に乗せようとして――ぴたり、と杖村さんは動きを止めた。
「な……なに、これ」
 彼女は初めて狼狽した様子を見せ、自身の腕を凝視した。
 
 なぜなら、誰かの手……いや、よく見れば氷で出来た柱状のものが地中から伸びていて、いくつか枝分かれた柱の先で彼女の手首をがっしり掴んでいたのだ。
 それが成人男性の掌と同じ程度に大きく見えたから、私は手だと錯覚した。
「那弦にそんな稚拙な術を仕掛けようなどとは、分を弁えぬ子供ですね」
 冷ややかなその声は腕が喋った、のではなく……地中から聞こえているが、これは常に聞いている――あの人の声だ。
 杖村さんが腕を振るって氷の柱を剥がすと、地中から勢い良く空中へ飛び上がったのは、黒い影。

「中途半端な知識を持つ魔女(セイズコナ)のお嬢さん、貴女の力は子狸以下だ。
魔術は、畏怖も専門知識もない人間がいたずらに扱える代物ではないのだよ」
 美しい黒髪と闇に溶けるような漆黒のカソックを宙にたなびかせ、アイスブルーの瞳で黒い影――クーヴェル神父は杖村さんを見据えながら諭す。
 空中で身を捻り、音もなく土の上へ着地したクーヴェル神父は私を守るかのように杖村さんの前へ立ちふさがった。
「クーヴェル神父……」
「フォルネウスが注意した事を守らないから、こうなるのです。
もともと、彼女が行く場所にも危険があると我々も踏んでいたけれど……多少でも魔女の素質があの子にあったようですね」
 強いて言えば小鼠程度ですがとまた付け加えて、クーヴェル神父は髪に付いた土を払い、憤怒の形相の杖村さんをつまらなそうに見つめた。
 そうはいっても、クーヴェル神父の知っている子狸というのは魔法も使える小さな狸なのだろうか。
 すごい。フォルネウスのような小魚だけではなく、狸もいるのね。
「あなた誰よ?! 来須さんをこっちに渡しなさい!」
 激昂する杖村さんだが、急に現れた謎の男に秘められた『何か』を感じ取っているのか……やや怯えたような表情を浮かべる。
 私もクーヴェル神父が何者かは分からないけれど、杖村さんが感じるように、私たちと違うというのだけは分かるから、そう……怖いと思うときもたまにある。
「渡せと言われましても。貴女では『奴ら』から那弦を守れない。
それと……これ以上わたしに攻撃的な態度を取らない方が良いと思いますよ……小鼠さん」
「ねずみじゃない! あたしは杖村叶永よ!」
 激昂し、手にしていた人形を放り出すと、素早く人差し指をクーヴェル神父に突きつけた杖村さん。
 左手を右手首に添え、更に力を流しているのだろう。彼女の指先に、なんだか……良くない力が溜まっていくように感じる。
 しかし、クーヴェル神父は平然と、その指先を見つめているだけ。
「クーヴェル神父……逃げないと!」
 私が彼の法衣を後ろからクイクイと引くのだが、クーヴェル神父はなぜ逃げる必要があるのですかと逆に私へ聞いてくる。
「わたしが、ただの人間の子供に倒されると思っているのですね。
ふふ……あの小鼠が一億人いたとしても、わたしに傷一つ付ける事は出来ませんよ」
「なっ……あんたなんて、重い病気になっちゃえ!!」
 小鼠と呼ばれた事か、はたまた馬鹿にされている事に腹が立ったのか――杖村さんは、悪意の塊を唇と指先から放出した。


 このお題【悲しみは続いていく】は、コ・コ・コ様よりお借りいたしました。

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