もう知ってるんでしょう?

 教会の関係者である2人に連れられ、私は何本かの電車を乗り継いだ。
 その中には新幹線という遠距離間を走る電車もあった。
 車窓に流れていく景色を眺めても、彼らと会話を交わしても、私の心は一向に晴れることなく重いまま。
 私をどこへ連れていくのか? そう訊ねると、金髪の男性――名をルイといった――が、僕らのいる教会です、と微笑む。
 教会で一体何をするつもりなのだろう。彼らはやはり、私が悪霊付きと言われているから引き取ったのか?
 不審がる私の表情に、ルイという神父は笑顔を苦笑に変えて、何も企んでいませんよと言った。
「あと数駅です。退屈でしょうが、もう少し我慢していてください」
 確かに彼らに対する疑問は幾つもあったが、いずれ分かることだからと思い直して聞くことをやめた。
 私は頷きだけを返すと、彼らに背を向けるように体の向きを変え、話を打ち切った。

 私たちは『城戸浜』という大きな駅で下車し、徒歩で教会へと向かう。
 日差しは夏の盛りを過ぎた今でもまだ暑く、強い光が照り付けている。
 駅前のロータリーには、客待ちのタクシーが列をなして並んでいる他、バスを待つ人の列が至る所にあり、なにより通行する人の多さにも驚いた。
「この辺りは小学校から大学といった教育機関がたくさんあるのと、生活必需品を安く販売している大通りがあるので大変賑やかな街です。
貴女も、この街が気に入ってくださると嬉しいですが」
 ルイ神父は『はぐれてしまうと大変ですよ』と私に手を差し伸べたが、その手を握ることを拒否すると、少しばかり悲しそうな様子を見せる。
「では、迷子にならないように、しっかりついてきてくださいね?」
 小さな私の歩幅に合わせて、数歩進んでは私の様子を確認するために立ち止って振り返る。
 そんなルイ神父と対照的なクーヴェルという黒髪の神父は、私の様子を確認するでもなく、ルイ神父と何やら二言三言会話して先を歩きだした。
「彼はね、真面目な方なので……教会に今駅に着いたと連絡を取るので、少し待ってほしいと言っていましたよ」
 ルイ神父がそう言いながら道路の端へ私と共に寄ると、クーヴェル神父を優しげな眼で見つめる。
 確かに、あの神父は携帯電話を取り出して何処かへ電話をかけているらしい様子が見えた。
 クーヴェル神父は長身で、シルバーフレームの眼鏡を着用している。
 表情が変わらないことも真面目な印象というか……冷たく、近寄りがたい雰囲気を放っているせいもあって、私は彼に話かけてみようという気にもなれない。
 彼を待っている間にルイ神父は私の事を呼び、すまなそうな表情で『貴女の事をいろいろ調べたと言いましたが』と切り出した。
「自分のお名前は、気に入っていますか?」
「……私は、私が嫌い。みんなも嫌い。神父さんたちもそう思うようになる」
 すると、ルイ神父はやけにはっきりと『いいえ』と断定する。
「僕は、貴女を嫌いになりません。
ようやく見つける事が出来たのです。それどころか、もっと早く……見つけてあげられなかったことが悔やまれます」
 ルイ神父の青い瞳は角度のせいなのか、時折紫色に見える。
 その瞳の色もあってか、彼の表情には強い悲しみが浮いて見えるようだった。
「……悪霊っているの?」
「いますよ」
 あっさりと肯定する神父さん。思わず視線をそちらに向けると、彼は優しく微笑んでいた。
「悪霊だけじゃない。いい霊もいますし、天使や悪魔や妖怪だって、この世には存在しています」
「……見たことあるの?」
 私は見たことが無い。そう告げた私が意外だったのか楽しかったのか、彼は面白い出来事に遭遇したかのようにくすくすと笑う。
「僕は天使も悪魔も見たことがあります。
ですが、貴女には何も憑いていませんから、無いものが見えるわけないじゃないですか。
貴女だって、最初から分かっていたのでしょう? 自分には、何も憑いていないって」
 信じるとか信じないとかではなく、たった、そんな簡単な会話だけだった。
 それなのに、私はすごく――心が軽くなったのだ。
「あれ? どう、しました……? 何か気に障る事でも……」
 私がすぐに俯いてしまったので、ルイ神父は慌てた様子で屈むと、私の顔を覗き込む。
 静かに泣いている私を見て、ルイ神父は息を呑み……そっと頭を撫でてくれた。
「泣くときは声を出して泣いていいんです。
……もう貴女を迫害する人も、危害を加えられる事も、悪霊が出る事だってないでしょう。
本来の貴女に戻りましょう」
 ルイ神父の優しい声は、私の心に入り込んで、ゆっくりと沁み込むように溶けていく。
 クーヴェル神父が戻ってきたときには、既に――ルイ神父が声を上げて泣く私を抱き寄せて、背中をゆっくりさすっている時だった。

 このお題【もう知ってるんでしょう?】は、26度の体温様よりお借りいたしました。

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