異世界の騎士:受難編

 ※長編小説『異世界の姫君』の設定でお送りしております。

「よう、レスター。朝からどこ行ってたんだ?」
 ようやく解放されたレスターが入浴を終えて通常より遅い夕飯を取っていると、同期の騎士トーマスとニコルがやってきた。
 階級的には聖騎士であるレスターのほうがずっと上であるのだが、レスターは今までどおりの関係を望むため気にしないでいいといったのだ。
「任務を言い渡されて、朝から携わっていた」
 バターをパンにつけながら、レスターはいたって普通に答える。
 二人はそれぞれレスターの両端に座ると、明日は訓練試合があるから出ろよ、と告げる。
「任務は数日続くので……当分訓練は参加できない」
 レスターはバターナイフを戻して申し訳なさそうに言う。
 頑張れよと二人は言うが、ニコルはすこぶる残念だと顔に出ていた。
 が、無理やり笑顔を作ってそういえばと話題を変える。
「お前知ってるか?  この国にすげえ美人が来たんよ。リネットちゃんが侍女についたらしくてな、異国の姫様なんだと。見たやつの話だと、純黒だってさ。髪も眼も」
 嬉々として語るニコル。マジかよ、と身を乗り出してトーマスが食いついてきた。
 レスターは驚きすぎて危うくバターつきのパンを取り落とすところだった。
「あ……ああ、知っては、いるよ。だがそんなに、騒がなくてもいいんじゃないか?」
 ぎこちなくレスターは笑いながら告げるが、トーマスとニコルは顔を見合わせる。
「お前、黒っつったら絶世の美女だぞ。今まで生きてきて見たことがあるか、そんなの?  是非拝見してみたい。しかもこの国に滞在してるんだから、もしかすると俺たちの中から護衛が選ばれるかもしれないじゃないか!」
 だん、と机をたたいてまでトーマスは興奮している。
 食べる手を止めて、レスターは口をつぐんでしまった。
(姫のことがこいつらに知れたら一大事だ。ましてや姫は国のタブーもしきたりも何も知らない。また、作法の先生も言い尽くしていない知らないことをやらかしてしまったら……!!)
 もはや食事どころではない。パンを皿の上に戻し、つい頭を抱えてしまう。
「前代未聞の一大事だ……!!」
「そうだろ?  レスター、平凡なお前にはきっと縁がないと思うから安心しろよ。ああ、どうしよう。姫が俺に一目惚れなんかしちゃって……そんな運命が……」
「あるわけないだろう」
 うっとりした顔で虚空を見つめ、ニコルが何やら妄想しているようだったので、一片の慈悲もなくバッサリと切り捨ててやるレスター。あまりに遠慮がなかったため、トーマスがゲラゲラと腹を抱えて笑っていた。
 姫の事を独り占めしたいなどとは思っていないのだが、こんな男どもに妄想されると、姫が汚されそうな気がして、妄想でも登場させたくはない。
「まぁ……この国は戦の真っ只中で危険だ。恐らくもう人前には出ないさ。内密なうちに帰ってしまったかもしれないぞ。それに……人が言うほど美女とは限らない、かもしれないだろう」
 何かと否定的なレスターに、トーマスが観察するような眼で彼を見る。
 その視線が何か嫌だが、アヤに害のありそうなことは取り除かなくてはいけない。
「……お前、彼女がいないのってもしかして女に興味がないのか?  だから男ばっかりのところにいるのか……そっちのケだったとはな。近寄るなよ」

 変な誤解まで受けてしまった。

 同性愛者と思われるような誤解は今すぐ解いておきたいが、アヤの為だ。
 自分が身を呈して、数日だけ耐えればいい。極力レスター自身とアヤから人目を引き離せばいいのだ。
 数日耐え切れば、女性のことには鼻が利く騎士どもに姫を見せないでいれば。
(あとはどうにでもなる!!)
 そう思って適当に返事をしながらバターを塗ったパンへ手を伸ばし、手頃な大きさに千切ろうとしたところで、レスターの眼に映ったのは獲物を狙う野獣のような同僚の顔。
 何事かとその方向を振り返ってみれば、同じように数十人の騎士たちが手を止めて、入り口一点を見ていた。
「レスター様は……」
 そこから、可愛らしくも聞いたことのある声が聞こえ、最悪の事態を想定したレスターは、背筋が凍る思いだった。
「レスター……は、あちらで食事を……」
 自分の名を言った騎士の声が何か低くて怖い。
 レスターの体から、汗が滝のようににじみ出てきた。
「ん?  おい、女の子の声だよな、今の!」
 トーマスとニコルがそちらのほうを見て、立ち上がった。
 慌ててレスターも立ち上がり、彼らの視界にわざと入り込む。
「気のせいだ、お前たち、後ろを見てみろ!  何かある!」
 気を逸らすためならばもうなりふり構っていられない。
 適当に指をさした瞬間、レスターは自分の行いを非常に後悔した。
 後ろは綺麗に磨かれた鏡。
 そこに映るのは困り顔のリネットと、
「レスター様……!」
 自分を見つけて嬉しそうに手を振る……異国の姫君と、騎士たちの嫉妬の視線。

 その嫉妬の視線は、新たに両隣から参加があった。

「つまり、この女にもてない、平凡な顔の、確実に童貞野郎レスターが」
 トーマスがレスターの右肩に手を乗せてめりめりと力をこめる。
 女にもてないのくだりからは余計だ、と指摘してやりたいところだったが……どうせ連呼されるだけなのでやめておいた。
「どんな美しい花も恥らいそうな絶世の美姫、アヤ様の」
 反対側ではニコルが肩に手を乗せて同じようにめりめりと力をこめている。
 どんな花でもアヤの『この国に関するマナーを知らない』という点で恥らって萎んでしまうだろう。
『護!  衛!  騎士!!』
 めきっと言う音が体の中で聞こえて、声もでないほどの痛みがレスターを襲う。
 ついでに言えば、二人の声は大きいので、様子を伺う他の独身騎士たちにも丸聞こえだ。
「裏切り者!」
「呪われろ!」
「性騎士レスター! 姫、汚される! 逃げてー!」
「陛下ぁーッ!  護衛チェンジ!  チェンジでお願いします!」
 周りの騎士たちも涙目で言いたい放題罵声を上げて参加する。
 もはや反論も許されない。
「姫……なぜここにいらっしゃったのですか?」
 もう泣きたいくらいだったが、レスターは気力を振り絞ってアヤに訊ねた。
 すっかり力が抜けたレスターの心情を一番理解しているであろうリネットが、申し訳ありませんと数度頭を下げて謝った。
 アヤは騎士たちが持ってきた椅子をありがたく使い、レスターの目の前で両手をひざに置いて座っている。
 騎士たちは遠巻きにアヤの美しさを見つめてはため息をつく。その代わりレスターには、怨念や殺意が篭ったような視線と毒を吐く。
 男の嫉妬は見苦しいものだ――そう思えるほどの余裕があれば嬉しいのだが、今置かれている状況は喜べるものではなかった。
「ええと、先ほどのことも謝りたくて。眠る時部屋にいてもいいって……」
「わああああー!?」
 リネットが大声を出して会話の邪魔をし、アヤの口を手でふさぐ。
「な、なんだ?  今寝るとかどうとか言ってなかったか?」
「き、聞こえなかったぞ!」
 ひそひそと小声で話す騎士たち。リネットはアヤに小声でそんなことは後で謝ってくださいと告げ、
 足が滑ったと適当な言い訳をしてアヤのそばを離れた。
(素晴らしいご活躍です、リネット殿)
 コクリとレスターはリネットに頷き、その意味をわかったリネットもコクリと頷いた。
「ともかく……姫、リネット殿。お二人でこのような場所にまで赴き わたしなどを探してくださいまして、失礼を詫びる反面感謝いたします。お部屋までこのわたしがお送りいたします。さぁ――」
 席を勢い良く立ち上がろうとしたレスターの両肩をニコルとトーマスは再び押し戻して無理やり席に座らせ、アヤににんまりと微笑む。
 何か不安なレスターをよそに、二人はアヤに話し掛けた。
「見れば見るほどお美しい……。ところで姫、レスターは面白みがないでしょう。気も利かないし」
 気が利かないというところはレスターにとって痛いところではある。
 どうやら少しでも長くアヤを眺めようとする魂胆だろう。
「いえ、私のほうがリネットやレスター様にご迷惑ばかりかけてます。 きっと呆れてるのだろうと思ったのですが、折角お世話や護衛をしてもらっているのに……ますますご迷惑をかけてしまったようで、私は迂闊だなぁって反省しています。 これ以上嫌われたくなかったのに……」
 やや恥じらうような仕草での『嫌われたくない』に、その場にいた全ての騎士が反応した。

「くそ、数日だけレスター様と中身だけ代わりてえ……」
「背後に気を付けろよ、レスター……」
 肩越しにぼそりとぼやくトーマスの声がやけに真実味を帯びている。
 そして後ろから見ている数人の騎士が頷いた。
「こんな美人に言わせてお前というやつは平然としやがって……マジで羨ましい」

 ニコルも同じくブツブツと呟く。まるで責め苦のようだ。
「アヤ様、本日はお疲れでしょう?  早くお戻りになりませんか?  騎士の皆様方、お騒がせいたしました!」
 リネットがアヤを急かし、半ば無理やり立ち上がらせると背中を押して騎士食堂を後にした。
「ではわたしも、お二人を無事にお送りするのが任務なので……」
 レスターも慌ててトーマスとニコルの手を振りほどき、椅子から立ち上がると駆け足で後を追う。
「すまない、トーマス!  片付けを頼む!」
「知るかこの野郎!  つーか死ね!」
 思い出したように振り向き、片手を挙げて挨拶をしながら急ぎ出て行くレスターにトーマスは文句を浴びせた。
 が、やれやれと肩をすくめ、食事もあまり進まなかったらしい食器を片付ける。
「姫をしっかり護れよな、レスター……」

 度重なる心労で、少々レスターが憔悴しているようにも見えて痛ましい。
「ごめんなさい、またお邪魔をしたようですね」
「いえ……」
 アヤを部屋まで送り、レスターはアヤの言葉に首を横に振る。
 自分の任務はアヤを護衛する事。彼女が無事であればそれでいい。
「それでは、ごゆっくりお休みください」
「ありがとう。レスター様も、ゆっくりなさってください」
 アヤはそう言ったものの、レスターはそういうわけには、と口ごもる。
 なぜ、と訊いてくる黒の眼に、レスターは視線をそらして『護衛ですから、近くにいます』と告げる。
「……眠ったりなさらないのですか?」
「いえ、仮眠は戴きますが……向かいに部屋がありましょう。そこにおります」
 と、アヤの部屋から通路向かいの扉を指差す。
 ルエリアが離宮にいる場合か、またはこうして客人が来た場合、騎士たちが護衛のために使う部屋だそうだ。
 あの扉は通常より薄く、離宮で使われている床も壁も音の響きが高いもので、物音なども聞こえるようにというものらしい。
 おかげで見回りの騎士が足音に気を遣わなければならないのは可哀想である。
「わかりました。何かあった場合はすぐにお呼びします」
「はい、わたしも注意しながらおりますゆえ。それでは姫、失礼致します」
 ぺこりと頭を下げて挨拶をするレスター。アヤも頷いて、扉を閉めようとして慌てて開くと彼を呼び止める。
 肩越しに振り返るレスター。
「今日は、ありがとうございました。……また、明日」
 レスターは至って真面目な顔で礼には及びません、施錠も必ずなさってくださいと告げた。
 アヤも頷いて、部屋に入ると少し残念そうに扉を閉めた。
 湯浴み用の準備をしていたリネットは、一部始終を聞いていたのでアヤの表情が期待通りでないのも察しがついた。
(もう、レスター様ったら……『はい、また明日』くらい言って差し上げてください。本当に鈍い方なんだから)

と、一人頬を膨らませながら怒っていた。