エルティア学園5話:「ナニサマのつもりだよ、おまえ……」

 シェリアと気まずくなってしまったまま、レティシスはその日をぼんやりと過ごした。
 もちろん、この気まずさを修復しようと何度か話しかける事を試みた。
 シェリアも、ほぼ普通通りに接してくれているので、幾分かは安堵したのだが……レティシス自身が『気まずい』と思っているせいか、その日は胸にもやもやとしたものが残ったまま、放課後を迎えたのだった――。


 ほとんどのクラスメイトが帰宅や部活動に向かってまばらになった教室内で、シェリアは何をするでもなくぼんやりと外を眺めている。
「シェリア、まだ帰らないの……?」
 レティシスがそう声をかけると、彼女は視線を赤毛の少年へと移し、『うん』と頷いた。
「待ってる人がいるから」
「……そう」
 待っている人というのは、多分(くだん)の生徒会長にほぼ相違ないのではなかろうか。
「ずっと何時間もここにいるんだろ? 退屈じゃないのか?」
「本読んだり、宿題したりするから大丈夫」
 にこりと笑うシェリアの表情は柔和だが、少々寂しそうにも見えた。
「レティシス君も、早く帰った方がいいよ。私の事は心配しなくて大丈夫だから」
「まぁ、俺も用事があったらとっとと帰るんだけどさ。生憎用事もないんだよな」
 シェリアの隣に座ったまま、レティシスは困ったように笑っている。
「――まぁ、互いに暇だしさ。話し相手くらいいてもいいだろ?」
 数分前まで教室にいた僅かなクラスメイトは、もう誰も残っておらず、レティシスとシェリアしかこの教室内にはいない。
「……実はみんなにさ、シェリアにいろいろ聞くなって良く言われてたんだ。
どうしてって言ってもあんまり教えてくれないし、シェリアはもしかしてイジメられてるのかと思ったんだよ」
 すると、シェリアは『そんなことないよ』と強めに否定したが、レティシスも分かってるよと言って宥める。
「シェリアがイジメに遭ってないってのは、リネットとかイネスの弟の時に分かった。
あと、周りと全然うまくやれてるのも知った」
「皆が気を遣ってくれてるから」
 シェリアはそう言ってから、自分の太ももの上に手を乗せて『わかってるの』と呟いた。
「みんなと……仲良くしたい、とはずっと思ってる。
でも、私は人をすぐ信じちゃうから、だめなんだって」
「誰がそんな失礼なこと言うんだよ。人を信じていけない事なんかないじゃないか」
「……私も、人を信じる事に悪い事はないって言ったんだよ。
だけど、悲しい思いをするのは私だからって」
 話終えると、シェリアは『だから』と言って、物憂げな顔から一変した笑顔を見せる。
「レティシス君も、私にあんまり構わないでいいよ」
「っ、良くないだろ、そんな事!!」
 思わず声を荒げて立ち上がったレティシス。
 シェリアは非常に驚いた様子で硬直したままレティシスの顔を見つめている。
「なんで、シェリアのあれこれを誰だかわからない奴が決めるんだよ!
人と仲良くなるのはダメだとか、部活動も入れないとか……おかしいだろ。
シェリアも、やりたい事とかあるんだろ? だったら――」
「余計な世話だ」
 教室の入り口から、感情の篭らない冷たい声が聞こえた。
 その声の主が分かったのか、シェリアは顔をこわばらせ、びくりと肩を震わせる。
「……?」
 レティシスが後方を振り返ると、金髪の少年がこちらに歩いてくるのが見えた。
 中性的な雰囲気の人物を少年だとレティシスが判断したのは、背が高かったことと、白い学生服が男物だったせいなのだが。
 少年は、空色の瞳でレティシスをひと睨みすると、シェリアに『待たせた』と声をかける。
 シェリアは、不安そうな眼でカインとレティシスを交互に見てから、机の横にかけていた鞄を掴む。
「シェリア」
 レティシスが声をかけると、少年は片眉を上げて『気安い男だな』と、不機嫌そうに言った事で――シェリアは首を横に振る。
「カイン……あの、名前で呼んでいいって言ったのは私だから、彼が悪いわけじゃなくて」
「事実呼んでいるだろう」
「ほんとに、私が良いって言っただけなの」
――カイン。
 彼が生徒会長なのか。
 シェリアと親しくしてはいけないとか、睨まれてはいけないとか散々言われている原因。
 そんな男に、シェリアはレティシスを庇うように話しているのだが、レティシスもそのままでは収まらない。
「なあ……生徒会長」
 シェリアと並び立って帰ろうとしていたカインは、呼ばれたことに対し迷惑そうな顔をして振り返る。
「あんた……シェリアの自由を束縛してるのか?」
「なに?」
 カインの歩が止まり、シェリアがぎょっとしてレティシスに『やめて』と言いたげな顔をして首を横に振る。
 だが、レティシスは止めず、かわいそうだろと意見した。
「シェリア、部活にも入れないし、仲良しの人を作ることも出来ない。
クラスだけじゃなくて、学校中からあんたのせいで距離を置かれてるじゃないか」
「……だからどうした」
 言いたいことはそれだけか、と吐き捨てて、カインは再び背を向けた。
「待てよ!! だからどうしたって……そうすることが当たり前みたいな言い方……」
「貴様こそ、シェリアを可哀想と思うなら、今後関わるな。痛い目に遭いたくないだろう」
 カインの悪びれも無い物言いに、ついにレティシスは怒りを覚える。
 カインに向かってつかつかと歩み寄り、胸ぐらをつかんだ。
 「レティシス君も、カインも、もうやめ――」
 シェリアが2人を諌めようとするが、レティシスの耳には届いていない。
「あんたなぁ……! 簡単に人の人生を勝手に決めつけて……何様のつもりなんだよ!」
「やめてぇっ!!」
 振り上げた拳は、カインの顔面を狙ったはずだった。
 シェリアの悲しげな声が耳に届いた瞬間、教室の天井と床が反転する。
 次いで、背中をしたたかに打つ痛みと、がらがらと騒がしい椅子が倒れる音。

 レティシスは床に倒れていた。
 カインがレティシスの胸元……シャツを握っていた手を離すところが見えたため、恐らく自分は投げ飛ばされたのだろう――としか、分からない。
 シェリアは辛そうな顔をして、レティシスを見つめている。
「オレはシェリアの全てを守るために行動している。
貴様も害になると判断した。その上でシェリアに何かまだしようとするのなら……次は病院で過ごす事になるぞ」
 忠告はしたからな、と言い終えると、レティシスに駆け寄ろうとしたシェリアの腕を乱暴に取って、教室を出ようとするカイン。
「ごめんね、レティシス君……本当に、何も悪くないのに」
 涙声でシェリアは謝罪の言葉を口にした。
 シェリアは腕を引かれつつ、起き上がろうとするレティシスに、もう一度ごめんなさいと謝って。
「もう私に、話しかけたり構わないでいいから……ありがとう。何も出来なくて、ごめん……なさい……」
 小さくなる足音の中にシェリアのものだろう、すすり泣く声が聞こえた。


 痛む背中を庇いながら立ち上がると、レティシスは側にあった椅子を蹴りつける。
 悔しいのか、悲しいのか、怒りなのかも分からない。
「ばっ……かじゃ、ねーの……」
 一言一言を吐き捨てるように呟くレティシスはの耳には、いつまでもシェリアの悲しげな謝罪が残っていた。

このお題【ナニサマのつもりだよ、おまえ……】は、
Regulus様よりお借りいたしました。