エルティア学園4話:ずっと見てたから、わかるよ

 新しい環境で始まった学園生活も、一週間ほど経てばかなり慣れてきた。
 転入生として注目されるのも減ってきたように思われたし、それなりに平凡な日常になるだろう――と、レティシス自身はそう思っていたのだが。
 レティシスが教室に入ってくるなり、ぱぁっと顔を輝かせる数人の女子生徒。
 口々におはようとレティシスへ呼びかけながら、パタパタと軽快な足音を響かせながら、側へと近づいてきた。
「おはよう、レティシス君!  今日なんだけど、お昼一緒に――」
「ちょーーっと待って、あたしも一緒に」
 顔を赤らめ、恥じらいの様子を見せた女子生徒を押し退け、また一人女子が割り込んでくる。
 女子生徒同士の間で、牽制しあい、隙を見せれば蹴落とされる、目には見えない恐ろしいバトルが始まっているようだった。
 そんなレティシスの外見だが――おしゃれ、というほどではないが、短く切りそろえられた濃緋の髪は、鮮烈な印象を見る者に与えるらしい。
 なおかつ男らしいきりっとした顔立ちであるから、余計地毛の明るさが引き立つのだろう。
 現に彼の側には女子が多く集まっている。
 いわゆる――『超』が付くイケメンという部類であるようだ。
 しかし、レティシスはあろうことか……自分に近寄ってくる女子生徒たちへ鬱陶しげな顔を見せると、イネスとメシ食うから、とだけ答え、女子たちを避けつつ自分の机へと鞄を投げるように置いた。
 大きな音を立てて鞄は机に着地し、わずかな風を生む。
 その風圧は、隣の席で窓の外を眺めていたシェリアの長い髪の毛先をふわりと浮かせた。
 結果、シェリアの気は野外ではなく、隣で起こっている出来事に引き寄せられたらしい。
 頬杖を止め、教室の方へ顔ごと向ける。
 自分の席の前で奇妙な一団が見えたので、怪訝そうな表情を浮かべていた。
 女子生徒たちも、誘いを断られたことは気づいたようだ。
 言葉を重ねてもレティシスを昼食に誘うのは無理だと分かったため、じゃあまた今度ねと言い残し、ちらほらと名残惜しそうに散っていった。

――やっと楽になった。
 椅子の背もたれへ、べったりと背をつけるようにだらしなく腰掛けたレティシス。
 昼食くらい好きに食わせろ、と心の中で悪態をついていると……彼の隣の席から、遠慮がちな声がかかった。
「おはよう……レティシス君って、転校してきたばかりなのにすごいモテるんだね」
 鞄の音、ちょっとびっくりしちゃった、と苦笑しながらシェリアが話しかけたのだ。
「そんなんじゃないし。ごめん。シェリアに迷惑かけるつもりはなかった」
「あ、音と風に驚いただけ。気にしてないから大丈夫」
 レティシスは先ほどよりも親しげな口調でシェリアに謝っている。シェリアも軽く首を横に振って、柔らかい笑顔を作る。
「でも、女の子が側にいっぱい居る男の子って、ヴィルフリート君くらいしか知らないから……うん。レティシス君は格好いいから、注目されちゃうのね」
 自分のことをシェリアに褒められたことは、少しばかり気分が良かったのだが、ヴィルフリートも同等の扱いである。
 あいつとは違うと心の中で一人ごちる。
「俺のこと大して知らないのに、いろいろあれやろう、これやろうって自分のペースで言われても面倒くさいんだよ」
 そういうの苦手だからと言いながら、鞄からノートなどを取り出しているレティシス。
 本当に嫌だというのが伝わってきたらしい。
 シェリアは困惑の表情を浮かべ、どう言えばいいのかと言葉を選んでいた。
「彼女たちもレティシス君と仲良くなりたかったんだと思う。『相手のことをもっと知りたい』って。気になる人からぞんざいに断られたら、とっても寂しいよ……」
 レティシスは思わずシェリアの顔を見つめ、真意を探ろうとしている。
 そんなシェリアはハッとした顔をしてから、偉そうに言っちゃってごめんなさい、私の勝手な意見だから、と普段よりやや早口で言い、両手を顔の前で振りながらペコペコと軽く頭を下げた。

「シェリアさんが頭下げてるぞ……」
「おい……レティシスのやつ……やらかしちまったんじゃね?」
 クラスのそちらこちらでひそひそと交わされる会話が、断片的にレティシスにも届いてくる。
 しかし、レティシスはクラスの会話より、シェリアの言葉の方が気になっていた。
「シェリアにも、そういう……寂しかった経験があったりする?」
「勿論少しはあるけど……どうして?」
「あのさ、気になる人ってもしかして、生徒――」「――わーい、おっはようレティシスくーん!!」
 レティシスの声を遮るように、大きな声を出しながら現れたイネスは、咄嗟にレティシスの口を片手で覆う。
 暴れるレティシスに『お昼ご飯誘ってくれてありがと~』と言いながら、レティシスの耳元で『うかつな話は禁止、って言ったでしょ』と極めて小声で諭した。
 動きがおとなしくなったレティシスを解放し、シェリアにおはようの挨拶をするとイネスはへらりと微笑んだ。
「イネス君とレティシス君は仲良しね」
「まーね。こういう人、嫌いじゃないんだよ」
 そういう趣味はないから勘違いしないでねと一言告げてから、イネスはレティシスの背中をバシバシと叩いた。
「痛ッ……おい、加減位してくれよ」
 それは自分の態度を戒めているようにも叩かれている本人であるレティシスには思え、痛みに顔をしかめる。

 ホームルームが始まったときに、ルエリア先生は今週の予定を簡単に告げ、週末に全校集会があると言った途端……教室の雰囲気が変貌した。
 そして、何人かはレティシスやシェリアの方を振り返り、彼らと目が合うとサッと視線を逸らす。
「……?」
 全校集会には、転入生の挨拶か何かあるのだろうか。
 レティシスが不思議がっているのを見て取ったわけではない――のか、或いはこの教室の雰囲気を感じ取り、なおかつ面白がっているのか定かではないが――ルエリア先生は、さらに告げた。
「全校集会には、生徒会長の話がある」
 そこで、はっきり――クラスメイトの顔が強ばるのを見た。
 生徒会長。
 ちらりと隣のシェリアの表情を盗み見たが、彼女は至って平然としている。

『シェリアちゃんは、会長のお気に入りなんだ』

 転入初日にイネスが言っていた事を思い出す。
 ということは、シェリアと生徒会長は、それなりに親しい間柄なのだろう。
 もしや、特別な間柄ということも――十分考えられた。
「……そういえばシェリアって、生徒会長と親しいのか?」
 小声でシェリアに尋ねると、彼女は笑顔で頷いた。
「うん。カインは幼なじみなの。学校も今までずっと一緒だったわ」
「会長の名前はカインっていうのか……で、さ。会長はどんな奴なんだ?」
「カインの事……?  うーん……そうね……」
 レティシスの問いに、シェリアは頬に手を当てて考えている。
 その仕草がレティシスには可愛らしいと思えたようで、彼女を見つめる目がほんの少し細められた。
「カインは……すごく真面目なの。その反面、言いだしたら聞かないところもあるのが良くない所かも。
頑固で負けず嫌いなところとか、自分にも他人にも厳しい所が……みんなからは敬遠されているみたい……」
 変わってる人って言われたりするけど、本当に優しい人なのよ――と、シェリアは訴えかけるようにレティシスへと説明した。
「……生徒会長って単語が出たときの生徒の態度とか、話を聞く限りだと、どこに優しさがあるのか全くわからないな」
 正直な感想を述べたが、シェリアは『カインの優しさは、分かりにくいから』と小さく微笑む。
 彼女はカインのよき理解者……なのだろう。
 カインの話題で照れたような微笑みを浮かべるシェリアを見ていると、レティシスの胸中がじりじりと焦げる。
 なぜだか……少々面白くない。
「シェリアは、そいつのこといろいろ知ってる口振りだけど、人にとっていいことやってるとは限らないだろ……」
「……悪いことをしているとも限らないよ」
 やや強いシェリアの言葉は少々意外ではあったが、庇うようなシェリアの態度に尚更レティシスは反発したくなる。
「自分がそう思いたいだけなんじゃないか?  じゃあ、シェリアは自分が他人からどう思われてるか、見てれば分かるのかよ?」
 すると、シェリアは辛そうに目を閉じて『分かるわ』と聞き取るのもやっとというようなか細い声を漏らす。
「誰も面と向かっては言わないけど、私やカインがどう言われてるのか、どう思われているのか……だいたい分かってる」
 はっとしたようにレティシスは緑の眼を見開く。シェリアは机を見つめたまま、彼を見ようとはしない。
 腫れ物に触るような空気を感じて、皆に深く関わることができないと痛感しているのは、シェリアなのではないか。
 居心地の悪い空気が二人の間に漂う。重苦しい距離感に耐えかねたか、先に口を開いたのはレティシスの方だ。
「……悪い。ちょっと……言い過ぎた」
「ううん……だいじょうぶ」
 シェリアは無理に笑顔を作ったが、互いにそれ以上言葉は出てこない。
「――あーあ……知らないよ、レティシス君」
 そんな二人のやりとりを、数個離れた席から見つめていたイネスは、誰にも聞き取れないくらいに小さな声で告げたのだった。


このお題【ずっと見てたから、わかるよ】は、
nothing様よりお借りいたしました。