エルティア学園3話:夕日の赤に染まる

 イネスらと別れた後、一人でふらふらと方々の部活を見て回ったレティシスだったが、興味を引くような部活動はなかった。
 どうせなら身体を動かす方が性に合っていると思ったのだが、レティシス自身、多人数で行動するというのが苦手だったため、スポーツ系の部活動はほぼ除外している。
 せっかくなので新しい事を始めてもいいかもしれないと前向きに思い立ち、文化系の部活を覗いてみたのだが――……
 座りっぱなしで、何かに集中するというのがそもそも向いていないと理解し、2,3か所巡って諦めた。
 きっと側にイネスがいたら、呆れた顔をして『ほんとに大丈夫?』などと聞いてきたに違いない。
 面倒くさいと誰にともなく呟いて、レティシスは教室へと荷物を取りに戻るため、夕暮れの校舎を進む。
 陽光がガラス窓から差し込んで、白い床や教室の扉を夕焼けの色に染め上げている。

 教室の引き戸に手をかけたレティシスは人の気配を感じ、飾り窓のついた扉越しに教室内の様子を伺った。

(……あれは)
 そこにいたのはシェリアと、背の小さい女子生徒と、銀髪の男子生徒だった。
 長めの銀髪を後ろでひとくくりに結わいた男子生徒は、イネスにとても似ている。
 そういえば、イネスが『隣のクラスに双子の弟がいる』と言っていたのを思い出したため、今教室にいるのが恐らくその『イネスの弟』なのだろう。
 背の小さい女子生徒のほうは、確か朝からこのクラスにいた。恐らくクラスメイトというやつだろう、とレティシスは認識する。
 枯茶色の髪をボブ程度に切りそろえた小柄なクラスメイトの少女は、イネスの弟らしき生徒に満面の笑みで話しかけていた。
 それを、自分の席に座ってシェリアはニコニコと微笑んだまま楽しげに眺めている。
 それは多分、どこにでもある普通の光景だった。
 そんなに長く眺めていたわけではないはずだが、ふと男子生徒とドア越しに見ていたレティシスの視線がかち合った。
 あ、と思ったのも僅かな間で、シェリアも女子生徒もドアの方を振り返る。
 レティシスを見ながらシェリアが何事か呟き、席を立つと彼の方へと近づいてくる。
「レスター君がいたから迷っちゃった?  教室間違えてないよ、大丈夫」
 シェリアはレティシスがクラスを間違えたのかと思ったようだ。
 微笑みを向けられ、彼女の善意にレティシスも言葉を濁しつつ、教室へと足を踏み入れる。
「違うクラスの者がいれば、確かに困惑させてしまいますね。お邪魔しています」
 驚かせてしまって申し訳ないと、銀髪の男子生徒がレティシスに向かって軽く頭を下げる。
「特に驚いてないし、他のクラスの奴が来ちゃまずいって事もないんだろ?  あと、あんた……もしかしてイネスの兄弟?」
「ええ、レスター・ルガーテと申します」
 レティシスの質問に迷うことなく首肯し、男子生徒はイネスと同じように紅い、緋色の瞳を僅かに細めた。
 どうやら、イネスの弟はレスターというらしい。
「レスターさんはお兄さんを待っているんじゃなくて、意中であるアヤの部活が終わるの待ってるんですよねっ!」
「な、リネットさん……!」
 小柄な少女……リネットがレスターを茶化し、レスターも頬を赤くしつつ、おたおたと視線をさまよわせた。
「アヤちゃんは私たちと同じクラスよ。黒髪で、髪の毛も胸元くらいまであるロングヘアの子。演劇部員なの。人前で演技するの恥ずかしいって言ってるけど、凄く頑張り屋さんなのよ」
 シェリアがレティシスに補足をし、リネットもレスターも軽く頷いた。
「レスターさんは、去年アヤが演じた『異界の姫』っていう演劇を見て、アヤの事気になり始めたんですよ!  確かに綺麗でしたもんね、アヤ……」
 リネットはニヤニヤとした笑いを浮かべつつレスターの様子を伺う。
 レスターも、確かに綺麗でしたと素直に頷いている。
 否定しない所を見るとどうやらきちんと意識はしているらしい。
「私も見ていたけど、去年の演劇……アヤの役柄も衣装も、とっても印象的で素敵だったわ。アヤのファンが増えちゃうのもしょうがないと思うの」
 シェリアの言葉に、リネットはうんうんと嬉しそうに頷いた。友人が褒められて悪い気はしないらしい。
「部活か……そういえばみんなどこに入っているんだ?  この学園、部活入らないといけないんだろ?  今日いくつか見てきたけど、あまり興味が湧かなくて」
 レティシスがポケットに入っていた部活動一覧を開いて見せると、リネットが『わたしは手芸部です』と教えてくれた。
「お裁縫したり、毛糸で簡単なものを編んだり、ぬいぐるみを作ったり……演劇部の衣装も、時々作ったりするんですよ。やりがいがあって楽しいですよ!」
「いや、俺男だからそういうのは……」
 やんわりと断るレティシスだったが、リネットは『男の人も大歓迎ですよ!  実際居ますよ!』とグイグイ推してくる。
「リネットさん。流石にその気がない相手を勧誘するのは良くないですよ……」
 レスターが間に入ってくれたことで、一応は話を逸らすことが出来た。
「わたしは槍部に所属しています。自分の得意とする武器が槍のため、長所を生かそうと思って入部したのですが……全国大会を目指して鍛錬に励むのも楽しいですよ」
 とても真面目で、レティシスも頷ける理由である。
「俺は長物より片手剣なんだよな……新しい事を始めるのもいいけど、長所を伸ばす方が良さそうだ」
 片手剣でしたら剣術部がお勧めですよと教えてくれるレスターだが、部長のヒューバート先輩を含め、部員は皆とてもお強いですよと誇らしげな顔をする。
 剣術部も無難であると考えたレティシスは『明日にでも見てみる』と答え、そういえば、と矛先をシェリアに向けた。

「シェリアは何部なんだ?」

 え、という気の抜けた返事が、シェリアの唇から洩れた。
 何故かリネットのほうが驚いていて、レスターの表情は僅かに引き締まった気がする。
 そこも、聞いてはいけない事なのだろうか。
 シェリアも困ったような顔をしてから申し訳なさそうに、ごめんねと口にした。
「私は、その……部活入ってなくて……」
「え……?  全員参加なんじゃないのか?」
 なんで入ってないんだと当然のようにレティシスは聞いてみたが、シェリアは『他にやることがあって』と俯きながら言った。
「まぁまぁ、レティシスさんっ。シェリアさんは忙しいんです色々!」
 そんなシェリアを見かねたらしいリネットが慌てた様子でレティシスを宥め、真剣な目で彼を見つめている。
――ヴィルフリートと同じ反応だ。
「……シェリアは、身体が弱いとかそういう特別な理由があるのか?」
「い、いろいろ女の子には事情があるんで!」
 なおも聞き出そうとするレティシスに、リネットは首を振ってやめさせようとする。
 腫れ物に触れるような扱いに、レティシスは自分の事でもないのに腹が立ってきた。
 口を開きかけたところで、シェリアがレティシスに黄金色の瞳を向けた。
「……私、魔術特待生として入学したの。魔法の成績が少しでも落ちると、査定があって……特待生の資格が無くなっちゃうの」
 学業に集中するためという名目で、一部免除されてることがあるの、と教えてくれた。
 確かに、そういった理由があるなら部活に打ち込む時間はないのだろう。
「ふぅん。魔法特待生っていうのがあるのか」
「武術特待生っていうのもあるのよ」
 いろいろと、各部門で優秀な生徒を輩出するために特待生の枠があるらしい。
「……でも魔術部とか――」
「レーティーシースさーん!  シェリアさんに興味津々なのは分かりましたから、もーそこまでにしましょうねー?」
 こっちの胃が持たないんで、と続けたそうなリネットのひきつった笑みを見せられ、レティシスは黙るほかなかった。
 多少の緊張感と気まずさが流れた時、軽快な着信音が鳴った。
「ごめん!  私の携帯電話。メールの音……」
 皆に愛想笑いを向けながら、鞄に手を入れて中を探るシェリア。
 白いボディの携帯を取り出すと、画面に触れて動きを止める。メールの内容を確認しているらしい。
「……それじゃ、私そろそろ帰るね。また明日!」
 携帯を再び鞄に戻して席を立ったシェリアに、リネットやレスターはさようならと言って送り出す。
 足早に教室を去っていったシェリアが視界から消えるまで見送ったレティシスは、すぐにリネットから冷たい口調で注意を受けた。

「レティシスさん……ああいう怖い事、平然と聞かないでください。こっちの神経がすり減りますから」
「怖い事?」
 何のことかと聞き返したレティシスに、眉を吊り上げたリネット。
 怒鳴り付けられるのかと思ったが、その前にレスターが『知らないのも無理はないでしょう』とリネットを宥めた。
「シェリアさんは確かに魔法特待生枠です。彼女の家も代々、魔法を専門的に扱う仕事であると聞きました」
「ふーん」
 いわゆるエリートなんだなと感心したようなレティシスに、レスターはそうですねと相槌を打つ。
「とても優秀だと思います。ここで習う事が出来る魔法など、彼女は既に覚えているのではないでしょうか」
 リネットがレスターの袖を引っ張って必死に止める。それを察したレスターも、喋りすぎましたと言って口を閉ざした。

「みんなシェリアと仲良くしてないみたいだけど……嫌われてるのか、シェリアは」
「いえ、その……シェリアさんは、すごくいい子なんです!」
 そんなに嫌われてないですと言いながらも、リネット達はあまり話そうとしてはいない。
 シェリアが悪いわけではないとすれば、一体何が彼らの口を重くしているのだろうか。
 そこまで考えたレティシスは、やがて一つの結論に――とても短絡的ではある答えに――行き着いた。
「……生徒会長、か……」
 自分を納得させるように発した言葉は、予想以上の効果があった。
 レスターは険しい顔をして周囲を伺い、リネットは恐れのようなものを顔に浮かべたのだ。
 壁に耳あり障子にメアリーさんだよ、と茶化して言っていたイネスの言葉が頭をよぎる。
「なんだってみんなそんなに生徒会長を怖がるんだ?」
「レティシスさんも、じきに会長さんの恐ろしさが分かります……でも、ほんとに……迂闊な発言はやめてくださいね……」
 リネットはそう言って、レスターにもう行きましょうと告げる。
 レスターはレティシスとリネットを交互に見て、迷ったような態度を見せた後――小さく頷いて、鞄を手にした。
「レティシス、でしたか……。恐らくイネスを含め、何人もあなたに言ったと思います。『彼女に関わりすぎてはいけない』と。シェリアさん自身は、誰にでも優しく接する人です」
 魅力的に映ることもあるのは分かりますと言いながらも、レスターは眉をひそめる。
「彼女を良く思う人もいるし、その逆もいる。色々な思惑が彼女の周囲にはあるのです。だから、近寄りすぎてはいけないと警告しておきます」
 くれぐれも、近づきすぎないでくださいともう一度念押ししたレスターは、リネットを伴って教室を出る。

「思惑って……なんなんだよ、この学園は……」
 シェリアは一体何者なのか。生徒会長の恐ろしさとは何か。
 考えれば考えるほど、事情を聞けば聞くほど分からなくなっていく。
 忠告されるには少々謎が多すぎると――沈んでいく夕日を睨みながら、レティシスは次々浮かんでくる謎に一種の不快感を感じていた。


このお題【夕日の赤に染まる】は、
空耳様よりお借りいたしました。