エルティア学園1話:此処から全て始まった。

 聖エルティア学園。どこにでもありそうな私立の学校である。
 本日、そこに一人の転校生がやってきた。

「今日から一緒に勉強する転校生を紹介する」
 担任の女教師ルエリア先生が、入れ、とぞんざいに言うと、教室の扉がガラリと開いた。
 中に入ってきたのは、深緋(こきひ)の髪と緑青色の瞳を持つ少年だった。
 きゃっと色めき立つ女子生徒の声を気にすることも無く、少年は不愛想にただ一言『レティシス・エッジワース』とだけ答えた。
「愛想のない奴だが、病院送りにならぬ程度に喧嘩して仲良くなっておけ」
 教師として喧嘩を推奨していいのかは疑問が残るところだが、このクラスの生徒たちはある程度訓練されてしまっているのだろう。ハイといい返事をよこす。極めて遺憾である。
 そんな快活な返事に、ルエリア先生はクラス中を見渡し……あの席が空いているなと口にする。
「レティシス。シェリアの隣に座れ。あの銀髪のボーっとしている女だ」
 思わずレティシスもシェリアというらしい女子のほうを見たが、どんくさい奴だというような紹介をされたシェリアのほうも、意外そうな反応だった。
「先生、私ボーっとしてませんけど……」
「しているかしていないかは当人にわからん。余の感想だ」
 えぇ~、と不服そうな声を漏らしたシェリアだったが、いつものやり取りだったのだろう。
 隣にやってきたレティシスに、柔らかく微笑んだ。
「シェリア・イリスクラフトです。しばらくよろしくね、お隣さん!」
「……よろしく」
 椅子に座ったレティシスは、ニコニコと微笑んでいるシェリアをじっと見据える。
 レティシスの目から見ても、シェリアはかなり可愛かった。
 警戒心が薄いのか、それとも形式上かは分からないが――好感を与える笑顔を向けてくるので、女に慣れていないレティシスは少々照れくささに顔を背けた。
「シェリア、転校生だが、教科書も持っておらん。しばらく見せてやれ」
「わかりました」
 シェリアは素直に返答し、レティシスに次の時間は大陸語の授業だから、と教えてくれた。
「えぇと……エッジワースさん……は、ヴォレン大陸の出身なの?」
「レティシスでいいよ……俺はミ・エラス共和国の出身」
 ミ・エラスと聞いたシェリアは、そうなんだ、となぜか嬉しそうな顔をした。
「私、アルガレスの出身なの。それなら大陸語は問題なさそう」
 他の地域からも来ている子がいるとシェリアは教えてくれたが、彼女と話せば話すほど、何か……周囲から妙な視線を感じるレティシス。

「……?」
 視線は男子からだけではない。女子も含まれていた。
 羨望のような嫉妬のような、不服そうなものが多い。
 自分が良く思われていないのか、と納得し、改めて隣のシェリアを見ると……。

 少し青みがかった銀色の髪。たれ目がちだが、印象的な黄金の瞳。
 そして、年頃の娘より多分大きいであろう胸元は、白いブレザーに押し込められてやや窮屈そうである。
 黒いシャツに赤いチェックのリボンが、胸の谷間に辛うじて乗っかっている、というような形であった。
「……レティシスさん?」
 レティシスの視線が、教科書の文字を追っているではなく、自分の身体にあると気付いてしまったようだ。
 シェリアの非難するような眼差しが、レティシスを射抜いた。
「ち、違う!  校章がそういえばないなと……普通はどこかについているじゃないか」
 半ば出まかせではあったが、レティシスも少しばかり思ったことを口に出した。
 するとシェリアは、小さく『あっ』と声を出して、自分の勘違いを恥じ入るように俯いた。
「ごめんなさい……!  そうよね、校章、自分の服についていないと不安になるものね……」
 シェリアは穴があったら入りたいとでも思っているのだろう。顔を赤く染め、ばつが悪そうにしている。
「そ、そんな落ち込むことはないだろう?  ちょっと誤解を与えたのは俺も悪いし」
 罪悪感から、レティシスも必死に弁解をしているのだが――シェリアとレティシスを見つめていた周囲の視線も突き刺さり始める。

居心地の悪さを感じつつ、レティシスは一時限目が早く終わらないかと願うばかりであった。
「この学校は、複数の企業からの出資で……校章はあえて付けないようにしているらしいぜ」
 一時限目が終わり、転校生へと挨拶をしにきた銀髪の男……イネスが、レティシスの疑問に答える。
 シェリアはといえば、イネスが来たころに席を立って、今は他の女子たちと話していた。
「なァに~、レティシス君。シェリアちゃんが気になっちゃってるわけ?」
 レティシスの視線の先に気付いたイネスは『お目が高いねェ』などと訳知り顔で聞いてくる。
「でも、シェリアちゃんはやめといた方がいいかもよ?」
「そういう目で見ているわけじゃ……」
 慌てて弁解したレティシスだったが、イネスは『みんなそう言うわけよ』などとあまり人の話を聞いてくれない。
「あ、でもアヤちゃんも駄目だよ。うちの弟の恋人になるかもしれない子なんで」
「誰だそれ」
 率直な疑問に、イネスはあの子だよと言って、黒板の前でシェリアと話している黒髪の女子を指した。
 前髪がパッツンではない姫カットの、黒髪黒目の……これもかなり可愛い女子だった。
「アヤちゃんとシェリアちゃんは、隠れファンが多いから」
「……女子が少ないようだしな」
「まーね。風紀とかいろいろあるんだよ多分」
 セッテーとかさ、と、何か裏の事情を呟くイネスだが、レティシスには良く分からなかったので――適当に頷いておいた。
「あとさ、そろそろバレンタインも近いから。男子が浮き足立っちゃったりするわけ」
「バレンタイン……」
 そういえばそんな時期なのかとレティシスは思い至り、くだらないなと呟く。
「菓子が貰えるくらいでそんな……」
「レティシス君、何言っちゃってんの!?  君もイケメンだからそうか、黙っていても貰える系か!  うっらやましいな!!」
 お兄ちゃんなんか義理ばっかりよ、と恨めしそうな顔を向けられたが、レティシスのせいではない。
「というか……関係ないんだが、あのシェリアって子、なんかあるのか……?」
 リアクションが大きいなぁとぼやきつつ、レティシスは先ほどの話をそれとなく聞いてみる。
「やっぱり気にしてるんだ?」
 なぜか嬉しそうなイネスは、ニカッと笑ってから……周囲を伺いつつ、レティシスに顔を近づけて小声でこういった。

「シェリアちゃんは、生徒会長のお気に入りなんだ。クラスにも生徒会の奴がいるし、君の事は知られる可能性がある。必要以上に彼女へ関わらないことが、君の今後の為だと思うから真面目に忠告しておくよ」
 もし粉かけようなんて思ったら、消されちゃうかもよ――……。
 再びくだらないと言おうとしたレティシスだったが、イネスの赤い瞳は笑っていなかった。
 二時限目のチャイムが鳴ったので、そっとレティシスから離れたイネスは、またへらへらとした懐っこい表情を見せている。
「そいじゃ、レティシス君。そういうことだから」
 お昼一緒に食べようねなどと冗談か本気か分からない言葉を交えて席に戻っていく。
 イネスなりの心遣いなのか何なのかはわからないが、レティシスは言葉を頭の中で何度も再生しながら、席に戻ってきたシェリアが、次の時間の教科書を取り出すのを眺めていた。


このお題【此処から全て始まった。】は、
紫苑の追憶様よりお借りいたしました。