ルフティガルド戦乱:9話  今の私にできること

 ミ・エラスの防衛戦は、国民にも恐怖の他『ついにここまで』という絶望をももたらした。
「――魔族の集団です! 距離、およそ……5アスク(約5.6km)! 飛行種も確認できます!」
 物見の兵が早口でまくし立てると、戦鎧に身を包んだ元首フリーデルは、むぅと渋面を作る。
「直ちにおおよその規模を確認!
飛行する種類のほうが到達も速い。弓兵、襲いかかる飛行種にのみ集中しろ!
魔法兵は、半々に分かれ攻守を援護!」
 「フリーデル様も、どうか安全な場所に避難を」
「カイン皇子……御身こそ、前線に立ってはならないでしょう。
この国は、アルガレス帝国の一部を自治国とさせたものとはいえ、アルフレド皇帝とその兄弟パルファルマで興した国。
わたしたちが守らなければ、パルファルマに申し訳がない」
 しっかりとそう言いきるフリーデルには、迷いはないようである。
 カインはかぶりを振って、自分も同じ気持ちだと口にした。
「アルフレド王は、アルガレスにとっても先祖です。
この国を守るというなら、可能な限りオレも力になりたい」
 遠縁の力強い言葉を聞いたフリーデルは、驚きのために言葉を無くすと、次第に柔和な表情に戻り、微笑んでありがとうと礼を述べてカインの肩へ手を置く。
「その言葉は非常に心強い……しかし、我々ミ・エラスにとって、この状況は驚異でしかない。
首都にいる兵はおよそ1万5000。
この中に負傷兵も2割ほど居るため、実質1万弱程度の戦力だ。
対する魔族は、いかほどの規模で襲撃してきたのか……」
 その疑問に応えるように、物見台に立っていた若い兵士から再び声が上がる。
「フリーデル様! 敵は約50ほどの群れを作り、進軍中です。
全体でおよそ3500~5000ほどの規模かと思われます!」
 報告に相槌を打つフリーデルは、薄い下唇をくっと噛む。
「勝てぬ戦ではないが、兵力の温存を図ってしまうと崩される可能性がある、な……敵の群れはどのように固まっている?」
「群れ一つ一つは歪ながら円に近い形です。
それらは整列しておらず、不規則に配置されています」
 的確な応答をする兵士の表情も、それを受けるフリーデルの表情も暗い。
「……騎馬での一点突破や挟撃も難しく、そして面でも叩けないときたか」
 自分たちの軍を分けるにしても、手こずれば敵の後群が合流し、最前線は時間をかければかけるほど不利になる。
 そればかりではない。城の防衛もあるから兵の振り分けも考えねばならないのに、何より敵はもう目鼻の先まで来ているのだ。
 策を練ろうとするフリーデルへ、カインの後ろに控えていたラーズが『宜しいですか』と声をかけた。
「先ほど兵にお願いした結界石が、城の四隅に配置されました。結界を張れば、敵の進入を大分防ぐ事が出来ると思います」
 その分、暫くは防衛より攻撃に兵力を置く事も可能だと言い、更にラーズは兵力を削ぐ事もしましょうと案を出す。
 ラーズの意見に頷くカイン。だが、信じられないという表情……いや、懐疑的であるフリーデルが疑問を口にする。
「なんと……ラーズさん。あなたは結界を張るだけではなく、敵戦力を削ぐ事もこなすと仰る?」
 ラーズは眉ひとつ動かすことなく『はい』と告げた。
「それ位でしたら可能です」
「それくらい、とは……」
 フリーデルの視線は、ラーズからカインへと移り、主である彼が首肯するのを見てから、言葉をぐっと飲み込むようにして唇を真一文字に結ぶ。
「では、ラーズさん……お願いできるだろうか……?」
「お任せを」
 恭しく頭を垂れたラーズは、数本進み出ると両膝をついてから銀色の杖を石造りの床へ置き、目を閉じる。
 シェリアはその様子を見守りつつ、兄を中心とした場所に、渦を巻きながら魔力が徐々に高まっていくのを感じていた。
「……翠緑の地に住まう精霊達よ。
汝らの魔力を我が契約の元に行使する……結界発動(ヴァリエス・ウェルヘム)!!」
 ラーズの髪とローブが風もないのにはためき、杖以外何もない床上には白い光が奔り、魔法陣が形作られた。
 完成したばかりの陣からは、青白い光が上空めがけて迸り、城の尖塔よりも高い光の柱がそびえ立つ。
 かと思えば、まるで蕾の花が開くように柱の先は四つ……東西南北に分かれ、すっぽりと城を包んでいく。
 上空から結界内に入り込もうとしていた魔物は、青白い光に触れると、弾かれたかのように押し出され、一匹たりとも侵入することが叶わない。
 結界を張り終えたラーズは、杖を拾い上げながらフリーデルへ『ご安心ください』と告げる。
「兵たちは問題なく外や城を行き来することができます。
が―― 一旦彼らを暫し結界内へ戻していただけますか?」
 ラーズは城門から街の外へと目を向け、結界の向こうに見える、魔物と兵の交戦を杖で指し示した。
「わたしの放つ魔法に巻き込まれては大変ですので」
 彼に言われるまま、フリーデルが結界内へ兵を退かせるのを見届けてから、ラーズが再び杖を前方へかざして短く魔法を唱えた。
 すると、城門のやや手前に、人の背丈の倍はあろうかという火柱が上がり、見る間に左右へと広がっていく。
 城を守るように立ち塞がる巨大な火壁は、凄まじい熱気を放ち、空を飛ぶ魔物も気流に煽られ、または近づきすぎた運の悪い魔物は翼が熱で焼かれ、火の尾を引きながら地へと落下していく。
「水の精霊たち……力を貸して」
 このままでは城の内部にも被害が出るかもしれない。
 そう思ったシェリアが慌てて周囲の精霊に呼び掛け、結界内へ彼らを向かわせた。
 水の精霊の力で、人体への影響――すなわち、熱風による喉の痛みや体調の被害を和らげようという考えのようだ。
 肌や喉を焼くような熱は見えない水のヴェールに遮られ、しっとりとした空気が辺りを包んでいく。
「シェリア。もう少し、わたしが魔法を使うから防御は頼もう。
魔法壁の精霊を増やしてくれるかな。地の精霊の助けも借りなさい」
「はいっ……!」
 シェリアが魔術壁を展開したことを確認して、ラーズは先ほどの火壁を敵陣の中央を目指して進ませた。
 火は待ちかねたとばかりに素早く地を這い、魔族の群れへ容赦なく襲いかかる。
 鱗に覆われた皮膚であろうと、毛で守られた肢体であろうと構わず、炎は身体に絡みつき、一気にその凶悪な姿を見せて全身を焼いた。
 魔族の悲鳴が響く中、ラーズは更に魔法を唱え、杖を振るう。
 雷撃が杖から迸り、空気を裂くような爆音を響かせて魔族を撃つ。
 群れは形を成さなくなる程に散り散りになったが、ラーズは左右から広範囲に有効であろう魔法を唱え、狼狽する魔族らを中央へと集めていった。
 空を自在に飛んでいた魔族は、ラーズの魔法だけではなく弓兵の矢雨に射られて、ごく僅かな数を残すばかり。
「……フリーデル様、ラーズが魔族を集めてくれました。
一気に攻め転ずる頃合いでは」
 ラーズと目配せを交わし、カインはフリーデルへと伝える。
「――騎馬隊は中央へ突撃し、敵兵力を分断。重歩兵が合流する前に敵陣の後方から攻める!」
 フリーデルは腰の剣を引き抜いて前方の敵陣を指すと、兵たちは短く力強い返答を残し駆け出していく。


 戦い自体は、その後長く時間をかけずに収束した。

 兵の犠牲はほぼ無く、ラーズの放った幾つかの爆炎魔法や雷撃の前に、敵の戦意と兵力はその都度ことごとく削がれていく。
 敵の狼狽ぶりもさることながら、ミ・エラス兵の士気が上昇していったところで勝敗は決したも同然だった。
 アルガレスやミ・エラスに魔術師が居ないというわけではない。
 やはり魔術関連施設が豊富なクライヴェルグや、ブレゼシュタットのほうが人数は比べるまでもなく多いのだ。
 そういった分布があるにせよ、やはりイリスクラフト家の知名度はずば抜けて高く、
「危機的な状況を救って頂き、ありがとうございました。カイン皇子も自ら前線に立たれて……」
 フリーデルは、カインに礼を言うとラーズへもありがとうと頭を下げた。
「貴方のおかげで、多くの兵の命が助かりました。感謝してもしきれません」
「とんでもない。できる事をしたまでです」
 にこやかにラーズは答えつつ、フリーデルへ頭をあげて欲しいと頼み、そっと元首の肩に触れた。

「そして、フリーデル様。
今回の魔族の進軍ですが……疑問に思うことがいくつか」
 ラーズが切り出した事に、フリーデルもカインも思い当たることがあったのだろう。二人とも真面目な顔で頷いた。
「3日ほど前に近隣の村が襲われたにしろ……あの陣組。侵攻は組織的だと思う」
「それはわたしも思っていた。どうも、奴らを指揮をしている……いくらか知能の高い者がいるようだ」
 顎に手を置きながら腕組みをするフリーデル。
 カインは壁に貼ってあるミ・エラス周辺地図に視線を移し、魔物がやってきた方角を示した。
「魔物たちは、城の北からやってきた……しかし、確か数日前に滅ぼされたのは東側の村だったか。
そのあたりに、魔族が好みそうな場所があれば――」
 指で地図をなぞりながら、カインはそれぞれの方角に何か見落としがないかをフリーデルへと問い、元首は洞窟がありますねとハッとした顔で言った。
「確か、エラージ族という先住民がいたあたりです……、様子を見に行った方がいいようですね」
 こちらで何とかいたしましょうとフリーデルは答え、カインには旅を続けるようにと促した。
 旅の最中、何か分かった場合にはすぐにお伝えしますとラーズが言うので、フリーデルもよろしくお願いします、皇子の行く道にルァンの加護がありますように――と目を細めた。

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【今の私にできること】は、
bit start様よりお借りいたしました。
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