ルフティガルド戦乱:21話  繋げた仮言は意味を成さない

 レナードが銃から射出したのは弾丸ではなく、まばゆい閃光のようなものだった。
 帯状の緑色の光が一筋アダマスの胴を貫き、燐光を散らせながら消える。
 射撃を終えたレナードが、床に落ちた銃弾を拾い上げた。
 弾は通常なら鉄の弾丸を指すのだが、どういうわけかこの銃弾は宝石状のものだった。
 緑色の水晶種で作られたらしいものは、レナードが手に取ると粉々に砕け散り、彼の手から粉末状になった石滴がこぼれ落ちる。
 カインもレナードの銃のことは気になっていたが、それよりも――今はアダマスとの交戦中だ。
 獣人を振り返ると、彼女は胸を押さえて両膝を地につき、赤黒い血を吐いて苦しげに喘いでいた。
「か、はっ……。ばか、な……! 人間なんか、に……このワタシが」
 アダマスは周囲の様子などどうでもいいことのように、自らの血液が胸から流れ出る様子を愕然と見つめたまま、バカな、と呟き続けている。
「カインさん。この女をどうするんだ? 捕まえるのか? それとも殺すのか……?」
 レティシスが彼女を警戒しつつそう尋ねると、カインはむぅと唸る。
「殺した方が現状良いと思っている。捕縛したとして口を割るとは考えられんし、同胞がこの女を奪還しようと襲撃に転じるなら、ブレゼシュタットに被害が出るだろう」
「……わかった」
 こんな物騒な話をしながら剣を携え、一歩一歩近づいてくるカインとレティシスがいるのに、一向に気に留めないアダマス。
 いや、気に留めていないというよりもそれどころではないというほうが現状しっくりくるだろう。
 そんな彼女を見下ろし、これも芝居かもしれないとレティシスは考え、先ほどの失態を重い出して渋面を作った。
 二人は顔を見合わせると剣を振りあげ、勢いよく下ろそうとした瞬間――……ラーズは何者かの魔力の高まりを感じた。
「――カイン様、お待ちを!! 何者かが――」
「……彼女を殺されるわけにはいきません」
 ラーズの声を遮るように、低い男性の声が響く。
 
 その声に反応したカイン達の眼前……アダマスを中心とした場所に青白い方陣が浮かんだ。
 ラーズが魔力を関知したのと、この方陣が出現したのはほぼ同時。
 カインはやむなくその場を跳び退き、ラーズの前に着地すると、その方陣から現れたのは壮年の男性。
 髪は短く刈り上げられている。顔の右側に刀傷があり、右目を閉じていることからこの男は隻眼であることが伺えた。
 男は傷ついたアダマスを抱えあげ、彼らを侮ったな、と厳しい声音で口にした。彼女は男を一目見ると、唇を喘がせて痛い、と泣きそうな顔をする。
「ワタシ、こんな人間達に傷を……! ああ、情けない。魔王様にも嫌われてしまう。嫌、助けて、たすけてアカテュス……」
 子供のようにいやいやをしてしがみついてくるアダマスの背を軽く叩く【アカテュス】と呼ばれた男性。
 その男は青い瞳でカイン達一人一人の顔を見つめ、再びカインへ視線を送ると、優しく目を細めた。
「……お初にお目にかかります、【ラエルテ】の血族である皇子よ。
尊敬する英雄の末裔とこんな出会いなのは心苦しいが、ルフティガルドを目指すというのであれば、我もあなたの敵として魔王様の剣として立ちはだかりましょう」
「……貴様は?」
「カリヴンクルサス様直属の部下であり、近衛の一、アカテュスと申します」 
 アダマスと正反対の様相で礼儀正しく名乗るアカテュスだが、彼は今しがたラエルテを『尊敬する英雄』と口にしたではないか。
「外見は魔族でないように見受けられるが、我が祖先ラエルテを敬愛するという貴様は魔族に味方するのだろう。おかしな話だ」
「仰るとおり、我も魔族ではございません……『元』人間という方が正しいでしょうな」
「その『元人間』がなぜ同胞ではなく魔族に味方する」
「人間として生を受けたのにも関わらず、自国の王も周囲の人間にも守る価値が見いだせなかったのです」
 問いを重ねるカインに、彼は至極穏やかな表情で一つ一つと答えていく。
「ラエルテとはどういう関係だ」
「……初代ご本人に直接お会いしたことはない。
ジュリエッタ・ラエルテ皇女を拝見した程度です」
「ジュリエッタ……五代目のラエルテか……その時代から生きてきたというなれば、当時も魔族との交戦に、アルガレス南部で先住民族との諍いがあったはずだ」
「はい。その争闘に参加していました」
 さすがに自国の歴史をよくご存じでおられると微笑むアカテュスだったが、アダマスのことが気がかりになったようで、反応の乏しい彼女の様子に表情を一変させた。
「……折角あなたとお話出来たところですが、これ以上長引くとそろそろ彼女が危ない。
本日はこれにて失礼させていただきます」
「……この状況で、逃げるというのか」
「ええ。この場で我が力を振るうのは簡単だが――『そうしないこと』の意味をあなたは計り間違えますまい」
 カインとアカテュスは視線を交差させあい、数秒の間そうしていたが……カインは剣を引き、行けと口にするとアカテュスがありがとうございますと微笑んだ。
「……一つ聞くが、他種族と争う事に疑問を持たないのか?」
「共存できるかどうかというお話しであれば、無理でしょうな。
魔族には殺戮衝動のある者が多い。強烈な本能として備わるものを、一生涯抑制する事は出来ないでしょう」
「ふん……そこの女狐よりはまともな返答が出来るようだな」
 すると、アカテュスは苦笑いを浮かべた。
「申し訳ない……アダマスは直情型でしてね。目先のことを優先しがちですが、魔王様に認めてほしい一心から行うこと。悪気はないのですよ」
 確かにそういった者も多いことは国を見ていても分かるので、カインはそれ以上何も言わなかった。
「ではまた、いずれお目にかかるときもありましょう。そのときは……どちらかが倒れるときですが」
 アカテュスはカインに会釈をして、傷ついたアダマスをひっさげて消える。
 あの方陣で転移したと思われる場所を見つめながら、カインは息を吐いた。
「カリヴンクルサスの直属、か……一度に二人も見ることになるとは。
あのまま戦闘になっていたら、恐らくオレ達は助からなかったろう……命拾いをしたというより、情けを掛けられた……といったところだな」
「ええ。わたしもそう思いました……油断ならぬ相手どころか、先ほどの男性からは強大な力を秘めていることも伝わります。魔王の近衛であるというのは本当のようです」
 ラーズも額の汗を拭いながら、恭介の傷口を塞いでいた回復魔法を止める。
 手ひどく痛めつけられた恭介は痛みを堪えつつ、自力で立てたのだが、普通に歩くだけでも傷に響く。
 戦闘が起こったとしても戦いなどは当然出来ないだろう。
 しかし、恭介は何かを探しているらしくふらふらと歩き、視線を方々にさまよわせる。
「キョウスケ?」
 レティシスが不思議そうに声をかけると、恭介は『宝珠があるはずだ』と口にした。
「さっき、アダマスは戦闘前に床へ置いたはず。アカテュスが連れ帰るときにも持っていなかった。だから――どこかこの辺に必ずあるはずなんだ」
 皆で手分けをして探していると、小さな水たまりに水没しているのを見つけ、恭介は急いで引き揚げると優しく指先で水滴を拭って、ポケットから柔らかい布を取り出す。
 そっと押しあてるようにして宝珠の表面の汚れや血を落としはじめた。
 ある程度は拭き取れようだが、やはり凝固してこびり付いた血液は無理に擦って取りたくはない。
 神殿に任せようと考えたのか、大事そうに宝珠を布に包むと、一同へ帰ろうと声をかけた。
「無事に宝珠が回収出来て本当に良かった……けど、彼らを助けてあげる事ができなかった。それが悔やまれる」
 無惨な死骸を振り返り、恭介は悲しそうな表情を見せた。カイン達もそれは痛感しており、もう少し来るのが早ければ、最後の一人は助けてやれたのではないかという気持ちが胸をよぎる。
「それに、さっきの口ぶりだと魔族もこれを必要としているみたいだ……アーディ神の宝珠は、どれほどの力があるというのか……」
 一体魔族は何を行おうというのか。アダマスはこれが『必要だ』と言っていたのだから、予想できることといえば、何らかの儀式に使おうとしていることと、またこの宝珠は狙われるだろうということ。
 それを早く法王とフィーアへ教えてやらねばなるまい。
「ラーズ。リフラムに転移は出来るか」
「はい。関所前に転移することでよろしいでしょうか」
 一応フィーアの執務館前に転移することは出来るが、同国内の人間ならまだしも、アルガレスの者がブレゼシュタットの関所を抜けてくるのだからその後の出入の申請が面倒くさい。
 それもカインは分かっていたため関所前でいいと頷いた。

 自分の側へ来るよう皆へ告げると、ラーズは転移場所をイメージしながら意識を強く集中する。
 この段階で転移場所がずれてしまうと、仲間も散り散りになる場合があるからだ。
 呪文を唱え終わった瞬間、方陣から光が溢れ、皆を包み込んだ。

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タイトルとして使用させていただいているお題
【繋げた仮言は意味を成さない】は、
flip様よりお借りいたしました。

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