ルフティガルド戦乱:20話  そんな僕にはなれなかった

 皆が懸命に戦う中、レナードだけはなかなか戦闘に意識を集中できないままだった。
 敵襲でカインや恭介を死なせてはいけない事も理解している。
 しかし……先ほどから意味ありげな恭介の言動のほか、魔王近衛のアダマスが出現するという予想外の出来事などが、彼に衝撃を与え続けているのだった。
 腕にはめたブレスレット――武器を二つ収納できるもの――の存在を確かめるかのように服の上からゆっくりとさすり、焦れる気持ちを抑える。

――まだ……『これ』は使えない。

 その間にもアダマスはカインを執拗に狙う。
 触れたものを容易く切り裂くであろう爪は、幾度かカインの外套を掻き散らし、その丈を徐々に短くしていった。
「ははッ! ルフティガルドを目指そうなんて、ほんとに馬鹿だね。大人しく自分の暮らしをしてりゃ良いのにさ!
遅かれ早かれこの世は魔族が支配するようになるんだし、それまで有意義に過ごしたらどうなンだい!」
 アダマスの高い笑い声は洞窟内に反響して、あちらこちらから響いてくるようだった。
 まるで人の強さを奪い、生命を嘲けるかのような『音』は重なり合い、冷静さを欠くような不協和音となり心に染みこんでくる。
 カインは高笑いし続けるアダマスを睨み、何がおかしいと静かに訊いた。
「魔族はルフティガルドで暮らしているに飽き足らず、人間の住む場所にまでやって来ては己の国と同様に振る舞い、略奪を繰り返す。それはなぜだ」
「ふん、決まってるじゃないか。
ワタシたちは強さが全て。呑気に畑なんか耕さない。全て奪うかの奪われるかの世界だからさ。
追われたものは【外】を目指す。ルフティガルドの【外】をネ……そこで自分の居場所を開拓していくのよ」
 その言葉に、恭介が『それでは』と反応する。
「こちらにやってきている魔物は、派兵された者ではなく……ルフティガルドでの争いに負けた者達が、生活場所を求めて流れていると……?」
「ふふ、そればかりじゃないけどねぇ……? それ以上は、別に知らなくても良いことでショ?」
 自らの長い爪を下から上に舐め上げ、含み笑いをするアダマスに、カインはありえないと心情を漏らした。
「互いに戦い合って一体何になる。魔族も奪い合う生活しかできないわけはないはず……。
言葉が通じるのなら、まず人間と魔族が共存できるかどうかを話し合う場が必要だ!」
 飛びかかってきたアダマスを回避しながらカインは歩み寄りを説明したが、彼女の心には届かない。
「バッカだねえ! 魔王様はそんな事望まないよ!
何せこの世で一番人間が大嫌いだ! 人間が嫌いだから……邪魔だから滅ぼしたいのさ!
人間もそうだろう! 勝手に森へ攻め込んできて、領地を増やして生活しているじゃないさ!!」
 至極不快だという顔で、アダマスが背後に回ったカインめがけてすらりとした脚を伸ばす。
 咄嗟に顔の前で腕を交差させ、防御の姿勢を取るが――獣人の脚の力は強く、威力を満足に緩められぬままカインは堅い壁にぶつかり、痛みを堪える。
 更に追撃を行おうとしたアダマスの前に、ラーズの氷壁と恭介が立ち塞がった。
 
――カイン様が危ない……!

 その様子にも焦れるレナードは、まだどうすべきか迷っている様子。
 頭ではやらねばならないと理解しているが、アダマスという女に対し、自身が充分な足止めをできない事も痛感していた。
 焦燥に駆られるレナードの脳裏に、彼の【依頼者】からの言葉が浮かんでくる。
『――いいかい……、君は、絶対に死んではいけない。絶対に。
そして、自らの手で――何かを変えようと考えてはいけない。君が手を出してはいけない事なんだ』

――それは、分かっている……!
 ぎりりと奥歯を噛みしめて、レナードはまだ葛藤の狭間でもがいていた。気持ちと行動がバラバラになりそうだ。
 だが、ここで誰かが死んでは……カインを失ってはいけない。
 懊悩を抱えながら、レナードは碌に使用していないままの剣――クラーレシュライフの店で買ったもの――を握りしめた。
 カインは身を起こし、口に広がる鉄錆の味に眉を顰める。
 どうやら口内を切ったらしいが、あの力で蹴り飛ばされ、軽度の打撲とこの程度で済んだのは――やはり、ルァンの加護があるせいか。
「……魔王本人から直接聞く。貴様が代弁する事ではなかったな」
 べっ、と血の混ざる唾を吐き捨て、手の甲で口の端を拭うと……カインは再び駆け出す。
 カインの剣とアダマスの爪は数度打ち鳴らされ、ラーズの補佐やレティシスの剣も加わり、戦いは更に苛烈さを増していく。
 しかし、四人を相手にしてもアダマスの攻撃の手は緩まない。
 魔法を繰り出すラーズに悪霊が襲いかかるような幻覚を見せて隙を突いたり、防御に入るレティシスやカインの身を引き裂かんと、爪は空間を割るのではないかと思うような勇ましさで振るわれる。
 恭介は何度もアダマスとレティシスらの間に入り込んで徒手でそれを受け流すが、獣人の女はニヤリと笑うとだんだん攻撃の速度を上げていく。
「くっ……!」
 裁ききれず、血の華がぱっと空中に咲き、恭介の苦しげな呻き声が長い呼気と共に漏れる。
「ははっ、どうしたのかな坊や? 自信ありげに見えて、割とたいしたことないのネ!」
 その刹那、恭介の肩にアダマスの爪が食い込む。
「ぅ……ぐッ……うぅ……!」
 焼けた金属棒でも差し込まれたかのような激しい痛みに耐えるよう上体を仰け反らせて震わせ、その口からは押し殺した悲鳴が零れる。
 激痛は電撃のように恭介の身体を駆け巡った。
「可愛い顔。良い声で鳴いてるわネ……!」
 苦悶に歪む恭介の顔を見つめ、恍惚の表情を浮かべたアダマス。
 カインとレティシスが腕を切り落とさんとばかりに攻めるのだが、カイン達の方へ恭介の体を蹴ってその場から逃れると、攻めの手が崩れたところに自慢の脚で瞬時に距離を詰め、力で男二人を押し返す。
 ラーズの雷撃魔法がアダマスを打つが、彼女の腕は片膝をついている恭介の胸を横薙ぐように切り裂き、彼は耐えきれず床に投げ出される。
「キョウスケ……!」
 ラーズが恭介の元へと駆けた。彼の周囲には徐々に血が広がっていく。その濡れた体を抱き起こすと、急いで応急的な止血に当たった。
「ラーズはそのまま、キョウスケを見ていてくれ!」
 逼迫していく状況。もはや一秒たりとも迷ってなどいられない。レナードは顔を上げ、ブレスレットの宝玉部分に手を乗せた。

――ごめんなさい、叔父さん。僕は、約束を……守れない!!

解錠(デルファズ)!」
 レナードが短く呪文を唱えると、ブレスレットにワンポイント程度で添えられている翠色の石が発光した。
 しかし、光はいずこかに散るのではなく、徐々に……長いものの形を取っていく。弱い光は次第に強く輝き、最後にぱちんと爆ぜるように霧散する。
 手に残る質感と今後の仲間の視線を想い、仮面の下の表情が苦いものへと変わっていく。
「それは……!?」
 銃に驚愕の声を漏らしたのは、カインの方。
 若き皇子の目に映ったのは、レナードが取り出した一本の――『銃』だった。
 本当に真実なのだろうか。そんな風に言いたげな表情だった。
 銃自体はアルガレスでも何度か試作しているし、勿論実射されたこともある。
 しかし、精霊の力を借りなくては弾を撃ち出すことはできず、使用できる銃士が限られる事と、構造的に課題が多く、まだ量産するには至っていない。

 それだというのに、レナードが持っているものはなんだというのか。

 片手を伸ばした長さよりもある、銀色の銃身。
 銀の部分は魔法金属なのだろう。表面に施された魔法文字は、まるで模様のように彫られている。
 木製の銃床には、金の装飾。所々金模様の間に小さな宝珠が飾られ、剣と盾と竜のデザインであるアルガレスの紋章も見えた。
 彼の所持した銃はデザイン性も高く、それが余計人を殺傷するに向かない、美術品のようにも見えるというのに――現在技術面での不安が残るものを、レナードは使おうというのか。
 カインだけではなくラーズやレティシス、そして……アダマスにも見られていることを理解しながら気を落ち着かせつつ銃床を肩に押し当て、照準をアダマスに合わせる。
 レナードの呼吸が次第に深く息を吐くものに変わると、銃の宝珠が集中を促すようにぼんやりと青く発光する。
「なんだい、そんなもの……!!」
 アダマスも奇妙な武器を取り出したレナードを見つめていたが……獣の本能だろうか、恐ろしいものを向けられている気がしてカインの前から方向転換し、レナードのほうへと走っていく。
「……っ、レナード!!」
 ラーズが恭介の治療を続行しながらも、呪文で地面から植物の蔓を伸ばしてアダマスの足に絡ませ進路を妨害した。
「うぅっ……!?」
 太ももにまで延びた丈夫な蔓は、アダマスの行動を抑制する。
彼女の自慢の機動力を多大に奪ったと思いきや、爪を振るって蔓を切り裂き始めたので、この女が再走するまで数秒程度の時間しかないだろう。
 レナードを睨んでいたカインも、即座に動く。レティシスと共にアダマスの行動を制しようと飛び出し、腕や足に剣を数度突き刺した。
 だが、獣化して筋肉の隆起した四肢は丸太のように太く、鋼のような強度があるため切っ先が深く入らない。
 そして、この時間稼ぎも長くは持たないだろう――が、この与えられた僅か十秒にも満たない時間は、レナードにとって十分な時間だった。

――いける。

 魔法の蔓と足止め効果が発揮されているうちに照準を素早くアダマスの心臓部分に合わせる。
「――退いて!」
 声を受けたカインとレティシスは素早く左右へ飛び退き――瞬間、レナードは銃の引き金を引いた。

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タイトルとして使用させていただいているお題
【そんな僕にはなれなかった】は、
nothing 様よりお借りいたしました。

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