ルフティガルド戦乱:2話  永遠じゃないから

 シェリアが息子のリエルトを腕に抱いて戻ってきたのは、それから30分ほど経った頃。
 カインが荷物を作り終えたところだった。
「遅かったな……」
「ごめんなさい」
 温かそうな布とシェリアの腕に包まれ、赤子はすやすやと眠っていた。
 カインの側へとやってくると、シェリアは笑顔で我が子を彼に差し出す。
「カイン……抱いてあげて。赤ちゃんの成長は早くて、手を焼かされるのはほんの数か月だそうよ。
次に会う頃には、ずっと大きくなってしまってるはずだわ」
 シェリアにそう言われ、カインはリエルトをそっと受け取ると、壊れものを扱うかのようにゆっくりと胸に抱く。
「……リエルト。不甲斐ない父を許せ……。
大事な時期に側に居てやることがかなわないとは、お前に悲しい思いをさせる」
 産毛のような金の髪を優しく撫で、子供の寝顔を見つめていると、自分がとても愚かなことをしようとしているのではないか、とすら思えた。
「大丈夫。私たちがいなくても、王や乳母は……リエルトを追い出したりはしないし、必ず守ってくださると仰ったわ」
 シェリアの言葉に、そうだといいな、と零した後……カインは僅かな違和感に気付く。
「今『私たち』と言わなかったか」
「ええ」
 怪訝そうな顔をするカインへ、シェリアは羊皮紙に書かれた証書を二枚、眼前に突きつけるようにして見せる。

「王から直々に書いていただいたわ。私の通行許可証と、リエルトの保護を確約する署名」
「ばっ……!」
 珍しく動揺したカインは、手を伸ばして書状を奪い取ろうとしたのだが、リエルトを抱えているし、気づいたシェリアのほうが素早く一歩下がる。
 シェリアが大人しく引き下がったわけではない。むしろ、自分たちと共に行くことを選択したのだ。
「バカな事を考えるな! リエルトに母は絶対に必要なんだ……それに、こんな……通行証などを持ってどこに行くつもりなんだ!」
「急に何の相談も無く決めるのが悪いのでしょう!
リエルトを連れていくわけにはいかないけど、私は最初からあなたに仕える約束で許嫁になっていたのだから、その約束は果たすわ!」
「許嫁という点でイリスクラフトとの約束は果たされている! ラーズも同行するから心配はいらん!」
「たった二人で何が出来るって言うの!」
「お前が来たところでそう変わらん!」
 思わず声を荒げた二人だったが、リエルトが身じろぎしたため、ぴたりと口論は収まる。

 息を潜めるようにして、赤子をそっと伺うカインとシェリア。
 起きた気配はないので、どちらともなく安堵の息を吐き、リエルトを起こさぬよう小声で会話を続けることにした。
「あの後、どういう行動を取ったんだ?」
 話を聞くと――どうやらシェリアはそのまま乳母の元へ行き、リエルトを連れて謁見の間を訪れた。
 カインと兄が行くのなら自分も約束通り行く。
 だがリエルトを残していくのは不安だから連れて行ってもいいかと聞くと、王も大臣も全員一致での大反対だった。
『未来の王になるお方ですぞ』だとか『跡取りを無駄に殺させるわけには』など言いたい放題だ。
 それならリエルトを乳母に預けるが、もしも亡き者にしようとした場合や、カインの子として認めないというのなら、カインと兄、そして自分が立ちはだかるのをお忘れなきよう――と条件を突きつけ、シェリアがイリスクラフトの血統だという事を再認識させられた大臣たちは震え上がる。
 王ですら、彼らの婚姻を延ばそうとも孫は可愛いらしい。
 シェリアとカインの子であり、不在時はアレス六世の名において万全な保護を約束する。心配は不要だと優しい口調で告げた。
 書状と通行証をしたためてもらい、王家の紋章印を押させると……シェリアはありがとうございますと礼を言い、帰ってきたそうだ。
「…………信じられん」
 カインはシェリアにそんな行動力があったのかと目を見張り、そんな騒ぎにあった中でも眠り続けていたらしい息子にも一種の尊敬を向けた。
「ともかく。リエルトは心配要らないわ。乳母のマーナはとても優しくて、心根が素直な人だもの。
とても寂しがってくれたけど、絶対リエルトに寂しい思いをさせないようお預かりしますって、言ってくれた」
 それでも、と言いかけたカインを、シェリアは『だめよ』と阻んだ。
「子供が可愛いのも、一人にされる悲しさも、誰より私が一番よく分かる。
だけど……まだアルガレス王家には父様が……現マジックマスターがいる。
父様は、私たちの子を絶対に死なせるはずはない……」
 シェリアとラーズの父であり、イリスクラフト家の当主……ルドウェル・イリスクラフトがアルガレス帝国王の側に控えている。
 リエルトが生まれた時にはとても喜んでいた。
 たとえ、その腹中に何かを抱えていたとしても……今はリエルトを危険には晒すはずはない、とシェリアは言うのだ。
 カインは昔からルドウェルの事をあまり好いてはいなかったが、その部分にだけは同意できた。
「イリスクラフトはいなかったのか?」
「ええ。謁見の間には居なかったから工房だと思うけれど……きっと何が起こっていたのかは把握している」
 カインが視察に行ったことも、旅に出るのも、シェリアが書状を受け取ったことも知ったはずだというのだ。
「……内密の話も聞かれているかもしれんな」
 言いながら天井を見つめるカインに、シェリアは肯定しないまでも、同意に近い返事をよこした。
「じゃあ、仕度もあるから……ごめんなさい、リエルト。また明日会いに行くわね」
 リエルトをカインからそっと受け取り、シェリアはリエルトを連れ、乳母の元へ預けに戻る。

 大いに予定が狂ったカインは背もたれへと身を預け、眉根を寄せる。
 彼の脳裏にはラーズが『そうなるのではないかと思っていました』と苦笑しながら告げる姿が幻視され、自らの読みの甘さを少しばかり嘆いていた。
 

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タイトルとして使用させていただいているお題
【永遠じゃないから】は、
nothing様よりお借りいたしました。

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