ルフティガルド戦乱:13話  痛みだけの言葉を残した

 誤認であるということが分かったにしろ――新事実と共にカイン達が置かれた環境は、むしろ悪化したようにさえ感じる。
 カイン達はすぐさま解放されたものの、背を押されるようにして湯浴みを行う。
 服は数日着通しだったため洗濯する事になったため、代替として頭を通す為の穴を開けただけの長い布で出来たような、全く着慣れない衣装を着せられた四人。
 長テーブルへ横一列に座らされて、フィーアとその父、オッテム法王の会談に応じることになってしまった。
「申し遅れました。
わたくし、神聖王国ブレゼシュタットの第二王女、フィーア・ラビア・ルクサーナ・ブレゼシュタットです。
兵がやった事とはいえ、他国の要人への傍若無人な振る舞い、あってはならぬ事だと重く受け止めております。
今後このような事が起こらぬよう、教育指導を一層心がけますわ」
 ピンク髪の女性、フィーア王女は言葉通り本当にすまなそうに頭を下げ、法王も目を閉じる。
 フィーアは第二王女とはいえど目上であるし、法王まで一緒になって謝罪されては、カインも問題にはしませんと告げた。
「……こちらも大した害はなく、シェリアへの対応も女性兵が行ったので、彼女が許すというのならば構わない」
 そう言われたシェリアは『恥ずかしかったけど、本当に女性だけだったから大丈夫ですよ』と頷いて問題にしてはいないようだ。
「それは……お心遣い本当にありがとうございます」
 再びフィーアが深く礼をすると、シェリアもつられてぎこちない会釈を返す。
 場の雰囲気が少し和らいだとき、カインはすまないが、とフィーアと法王に先ほどからの疑問を投げかけた。
「フィーア王女、オレは……申し訳ないのですが、あなたが婚約者ということは初耳です。
失礼ながら、どなたか他国と――」
「あら、ひどいですわね皇子。
自分の事ですもの、勘違いなどしておりませんわ。
しかし、カイン様が存じ上げないのでしたら……皇帝陛下直々に持ちかけられたお話なのかもしれませんわね。
実際、お話を下さったのはアレス皇帝ですから」
 皇帝から直々に行われている。
 その事柄にもカインは一切表情を変えず、フィーアの言葉を聞いていた。
 しかし、心に渦巻く激しい怒りは、ラーズにはありありと見えるようだったし、シェリアは自らの手を強く握って、胸中の悲しみや動揺を抑えているようだ。
 その葛藤からか、シェリアはフィーアと法王の方へ顔を向け、あの、と声を発した。
「……話に割り込んで大変申し訳ないのですが、フィーア王女にアレス皇帝からお話があったのはいつ頃なのですか?」
「そう、ですわね……記憶が正しいなら五年ほど前ですわ。
クライヴェルグを交えた三ヶ国会談にて、わたくしは拙いながらも父の補佐をしておりましたの。
そこでアルガレス皇帝アレス様と父が翌日会食をして、話が持ち上がったのです」
「そんなに早く……皇帝は、カイン様の婚約者が既にいる事を貴女に伝えた上で、そのような……?」
 ラーズの問いに、フィーアは目を細めて、勿論と答えた。
「幼い皇子とイリスクラフト当主の口約束だった……そう聞き及んでおります。
しかし、口約束とはいえ世界最高とも謳われるイリスクラフト家へ、ぞんざいな扱いなど出来ませんでしょう。
それに……皇帝は破邪に長けたブレゼシュタット王家の力が欲しいとそれは熱心に説かれました。
皇子の身体に掛かっている――」
 その途端、フィーアの言葉を遮るようにして、カインは手をテーブルの上へ置くと立ち上がる。
 彼の表情は涼しげなものの、こう見えて気はそう長くない。恐らくは我慢の限界に達したのだろう。
「……失礼を承知でお願いが。
アルガレス帝国に繋がる水晶球をお持ちであれば、すぐにでもお借りしたい」
 すると、法王は近くに控えていた従者に水晶球を持ってくるよう指図をし、フィーアが席を立って法王にぼそぼそと耳打ちする。
「お父様、この場は混乱を極めましょう。
国の為にも悪手は出しませんし、何より自らの人生が関わる事です。
この一連の話は、どうかわたくしにお預けくださいませ」
 法王は渋る様子を見せたが、もう一度フィーアがお願いしますと念押しすると――任せると言い残して席を立つ。
「言い出したら言う事を聞かぬものな……誰に似たのやら……良いか、話が纏まり次第、必ず報告をする事」
「もちろんわたくし、お母様に似たのですね。
ご理解いただき、誠にありがとうございますわ」
 にこりとどこか冷たさのある綺麗な笑みを自身へと見せたフィーアに背を向け、法王は長い衣服の裾を引きながら退出していく。
 入れ替わりに水晶球を持ってきた従者を見て、どうしましょうか、と、フィーアはカインへ話しかけた。
「皇子とわたくしの間の事ですから、わたくしたちがこの場にいるのは当たり前ですが……。
失礼ながら、エッジワースさんはもとより、イリスクラフト家のお二方にも皇子の重大なご事情を聞かれて良いのでしょうか」
 すると、カインは唇を引き結び、仲間達の顔を見つめる。
「……俺は部屋を出るよ。
国同士の事情を聞いても、その……まずいだろ?」
 レティシスがそう言って着慣れない服を気遣いながら立ち上がり、フィーアに自分はどこへ行けばいいかを尋ねる。
「おひとりずつ、部屋をご用意してありますわ。
食事や酒などの御用命があれば、鈴など鳴らせば誰かが参りましょう」
「それはありがたい。あと、俺の着ていた服とかは……いつ頃に?」
「ご安心を。明日にでもお手元に届けますわ」
 一日中このままなのだと理解したレティシスは、苦笑して自らの来ている者をもう一度見た。
 これは服なのか、布地を巻きつけたものなのかすら判断するのに難しい――ゆったりとしていて、足元がスースーする不思議なもの――を纏っているからだ。
 侍女に連れられるまま部屋を出ようとしたときに、カインは『シェリアも離席して欲しい』と口にした。
「え……?」
 自分も当事者だと思っていたシェリアは、愕然とした表情でカインの顔を見つめた。
 レティシスも一瞬足を止めかけたが、それ以上は聞いても行けない気がして、足早にその場を離れる。
「どう……して?」
 聞き間違いであって欲しいという思いがシェリアの顔にありありと浮かんでいたが、カインははっきりと離席してくれともう一度告げた。
「お前には知る必要がない話が出るからだ。疲れもあるだろう、少し休め」
 そう言われたシェリアは、でも、と口を開いたが、フィーアはともかくラーズも何も言わなかった。
「……兄様も?」
「……ラーズは残る」
 その瞬間、シェリアの表情は驚きから諦めに変わり、頷いた。
「…………フィーア様、私にもお部屋をお願いできますか……?」
「……お一人用が宜しい? それとも、カイン様と同じお部屋をご用意します?」
「一人で大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
 それを聞いて、フィーアは侍女に目配せし、シェリアを中庭がある部屋に案内するよう口添えした。
 花があれば少しでも心の痛みは和らぐと思ったようだが、はたして彼女の心中はいかなるものだろう。
 人払いを行った部屋にはカインとフィーア、そしてラーズの三人のみ。
 男性二人の前でフィーアは自身の腕を組み、無遠慮に眺めた後で、ラーズ様はどこまでカイン様の事をご存知か、と尋ねた。
「……アレス様自身も、そして……幼いリエルト皇子もカイン様と同様のものを、その身体に受けているという事くらいなら知っています」
「念押ししますが、あなたが仰いましたのはルァン様の加護ではないでしょうか?」
「……いいえ。別のものです」
「結構。では、始めますわね」
 頷いたフィーアは卓に置かれた水晶球に手をかざし、何事かの呪文を呟いて、水晶球の表面をなぞるような手つきで魔力を送り込む。
 すると、カイン達にとって見慣れた建物の内部や柱の装飾が水晶球の内部に幻影として広がる。
『アルガレス帝国、王宮通信所です』
 そして、水晶球を覗き込むように、アルガレス帝国の紋章が描かれた前垂れを付けた者が応対する。
 その人物はカインも見覚えのある若い兵士であり、まだアルガレスを出て一月も経っていないのに、水晶の向こう側の風景に、懐かしさが去来した。
「神聖王国ブレゼシュタットの第二王女、フィーアと申しますの。
急ぎの用件がございます。アレス皇帝にお繋ぎしてくださる?」
『……はっ、了解しました』
 そうして通信兵は水晶球も紫の布地を被せる。
 持ち運んでいる間は音声や風景を停止させるのか、フィーア達に映る景色は光を遮られた闇のみ。
 恐らく、この間に皇帝へ取り次いで良いかの判断を示しているのだろう。
 
 数分の間、その状態が続いたが……掛け布が外され、そこに姿を見せたのは紛れもなくアレス皇帝だった。

「お久しぶりですわね、陛下」
『そちらもお変わりないかな、フィーア王女。なんでも火急の用向きと聞いたが』
「……ええ。
しかし、内容はわたくしだけの話ではありませんの……お待ちくださいませ、今代わりますわ」
 代わると聞いた皇帝が怪訝そうな顔をするが、フィーアがすっと身を引き、カインを見つめながら水晶に手を向けて誘う。
 すると、カインは目に見えて不機嫌だと分かる顔で水晶が乗っている卓に大股で近づき、映った父親を睨みつけた。
「……どういうことか、ご説明願おう、父上」
 突如息子が現れた事で、アレス皇帝の目は驚きに見開かれ、そこに多少の狼狽が見える。
『カイン……ここにいたのか』
「少々ややこしい事があって、一週間ほど滞在しています。
フィーア王女が、オレの婚約者とはどういう事です。こちらは何も聞いてない。
何年もひた隠しにする事ですか」
 すると、アレス王は観念したように長い息を吐いた。
『……数年前に、知ったのだよ。
ブレゼシュタットの王家には、どのような聖職者よりも高い破邪の力が備わっている事を』
 すると、カインの後ろでフィーアが国家の守護神、アーディのご加護ですわ、と誇らしげに答える。
『そう、アーディ神の力だ。
それを一族の中で一番素質を開花させたのがフィーア王女。
そこで、ブレゼシュタットの法王に恥を偲び、ご相談したのだ』
「……こちらに内密で、勝手な事をなさったものだ」
『それに、カイン。
イリスクラフトの娘では、お前を解放できぬ』
 すると、カインはふんと鼻を鳴らし、最初からしてもらおうとは思っていないとはっきり告げた。
「なるほど、父上が婚儀を認めなかったのは、国民の為ではなくフィーア王女がいたからか。
だが、仮に父上の思惑通り事が運んだとしよう。我が子リエルトはどうなる?」
『リエルトは正真正銘、お前の子だ。アルガレスの皇子として育てよう。
シェリアについては、イリスクラフトへ――』
「ばかなことを!! 父上やイリスクラフトは、どこまでシェリアを蔑めば気がすむのだ!!
あの娘は利用されるだけか!!」
 息子の怒りを受け止めつつも、アレス皇帝は落ち着かぬかと宥めて、太い眉を寄せる。
『……カイン、よく聞くのだ。
お前は、幼少の頃からイリスクラフトの娘に親身になってきた。他者を思いやる心は素晴らしい。
しかし――ベルクラフトから再三打診があったそうだ。子を産んだ以上、もうこれ以上待てないと』
 その報に、カインだけではなくラーズも息を呑んだ。
 傍観するつもりであったにもかかわらず、ラーズは己も水晶球の前へ駆け寄り、卓に手を付いてどういう経緯なのかと王へ尋ねた。
 ただならぬ様子ではあったが、フィーアは口を挟まず、腕を組んだままやりとりを傍観し続けている。
「……陛下、わたしは父からベルクラフトにはもう話が通っていると聞き及んでいました。
つまり、もうシェリアはベルクラフトと縁が切れたものだと、そう認識していたのです。
アルガレス王家の保護を受けているのではないかと……。
しかし、ベルクラフトはまだ……いいえ、待てないとは、どういった話です」
『…………』
「父上、大事な話だ」
「陛下……!」
 二人の青年から急かされ、アレス皇帝にも多少の罪悪感はあるのか、視線を逸らす。
 それがよからぬ事を示すのだと分かっていてなお、カインもラーズも、その先を聞かずにはいられない。
 
『…………世継ぎが出来るまで、だ』

 その言葉の衝撃に、二人は一瞬言葉を失った。
 ラーズはこみ上げる感情を押さえつけるかのように目を固く閉じ、顔を背ける。
 カインは拳を握り、青い目は湖底のように深い蒼に変わって、憎々しげに父親を睨んでいた。
「……いつから、引き渡すつもりで……話を決めたのです」
『……シェリアが誘拐されかけた事があっただろう。
話し合いが纏まったのは、そこから半年ほど経った頃だ。イリスクラフト自体が、お前との婚儀は不要だと持ちかけた。
アルガレスには、跡継ぎさえ残ればいいのだろうと』
「……だから、イリスクラフトは……出発前夜、シェリアへ再三国に留まるよう言ったのか。
オレやラーズが長い間留守にするうちに、シェリアとリエルトを引き離すつもりだったのだな……奴は魔法の腕は確かなのに、己の妻の件から何も学ばぬ無能な男だ」
『カイン、なんという口を利くか!』
「自分達で勝手な事をしておいて、今更仕方がないとでも仰るのか……。
こちらはこちらで好きにさせてもらう。オレは、絶対に首を縦に振らない」
『カイン、もしブレゼシュタットとの婚約を破談にしようなどと考えているなら許さんぞ!
ようやくお前に相応しい女性との――』
 父王の小言に煙たい顔をし、カインはフィーアへと通信を切るように手振りで伝え、フィーアはアレスへ軽い挨拶をした後、強制的に通信を終了させた。

「……シェリア様、ここにいなくて良かったですわね。
確かにあんな話を聞かされては、平常心ではいられなかったでしょう」
 肩をすくめ、フィーアが水晶を魔法文字の刻まれた布で包むと、ここに居ないシェリアに多少の憐憫の情を抱く。
 カインは父王の行いにも、それを気付けなかった自身に対しても、まだ怒りが収まらない様子である。
「……フィーア王女は、先ほど王が話した全てを理解されていて、婚約に応じたのですか?」
「大体は……と言いたいところですが、シェリア様の処遇は存じませんでした。
まあお子様がいらっしゃるなら、悪くても離れ住まいで側室として留まるのではないかと思っていましたが……まさか、自身の親にも初めから利用されていた、とは」
 そうしてフィーアはラーズの表情を伺うが、普段冷静な彼にしては、明らかに不快感を露わにしている。
 身内の事、それも大切に見守っていた妹の事となれば熱くなるのも当然ではあろう。様々な事を考えているのだろうが、その唇は開かれない。
 しかし、拳は震える程に硬く握られており、内心の苦しみを懸命に抑えているようだ。
「……ラーズ、オレは――」
「カイン様……貴方のことを疑っている訳ではないのです。なぜ、こんな事になってしまったのか。
しかしアルガレス王家には……いえ、アルガレスという国に妹の居場所は無いのかと……貴方は、妹を手放すのだろうかと感じてしまうのが辛い」
「ラーズ、それは違う」
 カインがラーズの肩を掴み、信じて欲しいと言いたげに目を見つめるが、ラーズの表情に珍しく悲しみがある。
「ラーズ」
「……すみません、わたしも少々動揺してしまいました。
恐らく、事情を全く知らないシェリアはどんな事が起きているか不安でたまらないはず。
どうか、話せないまでも……近くにいてあげて欲しいのです」
 ぎこちなく笑みを返すラーズに、その必要はないと口を挟むフィーア。
「水を差すようで申し訳ないですが、シェリア様は先程なんと仰ったと思いますの? 一人のお部屋をご所望でしたわ。
つまり――今、カイン様ともお会いしたくないのでは?」
「まさか、そんなこと……」
「今まで夫婦同然の間柄でいたのに、他にも婚約者がいたとは知らされもせず、なおかつ皇子が抱える事情も話して貰えそうにない。
カイン様もお父上に不信感を抱いたように、シェリア様も深く傷ついているのではなくて?」
 フィーアの指摘は恐らく正しいのだと、カインも感じている。
「しかし、一人にしておくわけには」
「少々過保護ではありませんこと? あの方も子供ではありません」
「シェリアは幼い頃、一度ベルクラフトの者に連れ去られかけた。
城内で起こるとは言い切れないが、油断はできない」
 すると、フィーアは目を細めて『皇子は独善的ですのね』と呟いた。
 それを受けたカインの瞳は鋭い光を帯びた気もしたが、瞬きの間に消えてしまっていた。
「わたくしにも少々考えがございます。
牢獄生活でお疲れでもありますし、皆様自らのお心と向き合うのが宜しいでしょう……また翌朝、お会い致しましょう」
 と言いながら、フィーアは呼び鈴を鳴らし、カインとラーズのために部屋を用意するよう言い残して、自らは法王の元へと去っていった。

 

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タイトルとして使用させていただいているお題
【痛みだけの言葉を残した】は、
コ・コ・コ様よりお借りいたしました。

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