ルフティガルド戦乱:11話  自分を信じるのは、自分だけ


 ようやくブレゼシュタットの都市リフラムへと入り、比較的良心的な価格の宿へ到着したカイン達。
 道中、盗賊に襲われそうになっていた若い女――アリーというらしい――を助けた折、彼女もリフラムまでというので共に行動した以外、特に魔族との戦いもなく関所にたどり着くことが出来た。
 無事にリフラムの関所を越え、街が見えたときの嬉しさと安堵は、何度経験しても変わらない。
 都市に入ったところで女と別れ、カインたちはその足で宿へと向かう。
 空腹もあったが食事よりまず風呂を優先するという意見に、誰一人として異を唱える者はなく、彼らは久方ぶりの清涼感を得た。
「毎日身体は拭いていたけど、やっぱりお風呂に入れるって嬉しいことね」
 カインたちからだいぶ遅くなってから、シェリアが部屋に戻ってきた。
 湯上りの頬は、まるでりんごのように赤い。
 それを気にせず、彼女は非常に満足げな表情を見せているため、年端もいかない童女のようにも見えた。
 いや、彼女が頬を真っ赤にしているのは、風呂上がりだというのにコートを着込んでいるせいかもしれないが。
「風呂から上がってここへ来るまでに、コートを羽織らねばならないのも難儀だな」
 カインが濡れた髪をタオルで拭きながら告げ、次にシェリアを見たときには、彼女は厚手のコートを脱いでいるところだった。
 コートの下は、肩や胸元が大きく開いたデザインの黒色のロングビスチェに、太ももがちらちらと見える短めのスカート。
 女性の魔術師は露出を上げなければ大気からの魔力の吸収が男性より劣る。
 シェリアも例によって素肌を晒さなければならないが、このヴォレン大陸では若い娘が大っぴらに素肌を晒すなどとんでもないことで、女魔術師か娼婦くらいであると認識されている。
 いくら隠しているといっても、魔術師として仕事をする場合は外套などの類いも外さなければならない。
 アルガレス城の兵士たちはもとより、カインでさえも最初は目のやり場に困ったものだ。
 慣れというのは人間の感覚を鈍らせるもので、今では普通に接することができていた。
 しかし、シェリアは嫌々なのだろう。カインやラーズの前以外では、コートを絶対に外したがらない。
 夏場などは良いのだが、冬場にこの格好は厳しいとシェリアはカインに愚痴を零していたことがあった。
 荷物袋から、ゆったりした服を取り出して、ベッドの影に隠れてモソモソと着替えている。
「……わざわざ着替えづらい場所でやる事はないだろう?」
「だって……見えたら恥ずかしいから……」
 そう返したシェリアの頬は、風呂上がり以外の理由……恥ずかしさでも赤らんでいるのだろう。
 なんともしおらしい物言いにカインは苦笑する。
 今更、と言いたかったが口には出さない事にした。
 着替えを終えたシェリアの服装は、いつもの格好とは変わって薄手の布地で出来たクリーム色のチュニックを着用している。
 髪をラーズのように後ろで一本に結んで流している、どこにでもいそうな町娘のスタイルだ。
「皆も腹を空かしている頃だ。そろそろ飯を食べに行こう」
「うん」
 部屋を出る前に、シェリアは風の精霊をカインと自分の側に喚びだした。
 カインに精霊は見えないが、微風が自分の髪をそよそよと心地良く撫でているのは感じ取れる。
 シェリアの髪も同じように毛先が揺れているため、髪を乾かしたり、湯上りの火照りを冷ますためだろう。
 隣室のラーズ達と合流したカインは、ふとレナードの姿がない事に気付き、同室のラーズとレティシスに尋ねてみると、自分の道具や食糧を買いに出かけたそうだ。
 入浴は帰ってからにすると言い添えて、すぐ出て行ってしまったらしい。
「声をかけてくれたら、一緒にまとめて買ってもよかったのに……」
 残念そうな声を出すシェリアだったが、カインは『奴は勝手に付いてきているだけだから、食糧や道具は自前で調達するのは当然だ』と冷淡に言い放つ。
「カインは、レナードさんに冷たいね」
「素性も知れぬ男を信頼できるわけがない。
それに、ラーズが行動を見てくれているし、奴も都合が良いだろうしな」
 思わぬ矛先を向けられたラーズは、困ったようにも見える曖昧な表情を浮かべているが何も言わない。
「まぁ、互いに今日は羽を伸ばすって事でさ、俺たちは俺たちで、食事を楽しもうぜ!
露店も結構あるし、アルガレスやミ・エラスにとって珍しいものが多いかも」
 少々不穏な雰囲気になりつつあるのを感じ取ったレティシスが、明るい口調で皆を見やって話を変える。
 一行は賑わうリフラムの商人通りを歩いて、国外の通貨であるジールをこちらの通貨に変える為、両替所を探す。
 幸い、宿から遠くない場所に石壁で覆われた立派な両替所があり、1ジール=1.1テトレス(およそ110円)というレートで変換した。
「ミ・エラスではジールで大丈夫だったのにね……」
「ミ・エラスとアルガレスは同じ通貨を使用しているからな。
ブレゼシュタットはソラリス以下になると別の通貨だ」
 貨幣価値は金属の産出量的と信頼度の関係でアルガレス通貨が高価値なのだが、ソラリス単位になるとブレゼシュタットでも使用するため、テトレス以下での単位に少々差額と手数料がかかる。
 だからといって、ソラリスばかり使って小銭を増やす事は無駄である。
 替えて貰った通貨を受け取って、カイン達は両替所を後にした。

 店などで水分の少ない食糧や数種類の薬草など必要そうなものを物色し、購入の相場や数量の目星を付けた後、空腹を満たすため近場の大衆酒場に入っていった。
 いらっしゃい、と感じの良い酒場娘が声をかけ、カイン達は壁際のテーブル席を選ぶ。
「同じ大陸語でも、やっぱり言葉の感じが違うのね」
 シェリアは珍しそうに酒場を見渡し、客の発音に耳を傾けていた。
「同じ国内でも、南北では語気が違うものだよ。
レティシスは……ミ・エラスの都会にいたから、訛りがあるとは感じないけれど」
 ラーズが手垢や煙草のヤニで薄汚れたメニュー表を差し出しながらレティシスに話を振ると、彼は、そんな事ないぜと言いつつ受け取った。
「俺は、爺さんの配達の手伝いもしていたからアルガレスやミ・エラスはあちこち移動したけど、やっぱり訛りが酷いところに行けば聞き取れない時もあるし、自分も口調が似てくるよ」
「それはオレも感じる。
ましてや、アルガレスの北と南では先住民族の独自の言葉や文化もあってな、時折そちらが混ざると訳がわからん」 
 カインが給仕の娘を呼んだので、適当に見繕ったものを皆で頼むと、ついでに酒の類は何があるかと尋ねた。
 娘は砂糖黍の蒸留酒があると教えてくれたが、その返答に不思議そうな顔をした一同を見て、感づいたらしい。
「お兄さん達、ブレゼシュタットは初めて?
遙か昔は国で作ってたらしいけど、今ワインやエールって国外から運んでこなくちゃ手に入らないから、結構高いのよ。
で、国内で育てている砂糖黍から作ったお酒が主流なの。美味しいわよ」
 と、メニュー表の酒類項目を指して教え、指が止まった部分は『ファーレン』と書いてある。
「では試しに、3つ貰おう。
1つ、ジュースでも見繕ってほしい」
「はーい! まいどあり! 壁テーブルにファーレン3つ!」
 酒場娘は注文を酒場の調子担当へと伝えながらレティシスたち三人の男を見渡し、最後にシェリアを一瞥して、ウィンクして戻っていく。
 嫌みのない仕草ではあったが、はたして他者からこの面々はどう見えるのだろうか。
「酒場の給仕さん、可愛いねぇ」
 シェリアがニコニコと微笑みながら告げると、レティシスも軽く頷いてシェリアをちらりと横目で伺う。
「シェリアさんも……」
「シェリアでいいよ? ……えっと、なあに?」
「な、なんでもない」
 一人で赤くなったり慌てているレティシスに、不思議そうな表情を浮かべたシェリアだったが、それきりレティシスが話の続きを振る素振りはないので、彼女の興味は再び酒場の風景に移った。
 まだ16時であり、あと1、2時間もすれば、益々酒場は盛況になるだろう。
 のんびりとした心持ちで飲み物を待っていると、酒場の扉から革鎧を着込んだ兵士が数人やって来て、厳しい顔つきのまま場内の客の顔を注視し――……カイン達と目が合うと、羊皮紙を何度か繰り返し見て、いたぞ、と指を指した。
「……?」
 ラーズは物々しい雰囲気を感じ取り、兵士らがこちらに向かってくるのを見て、眉を顰める。
「貴様らは、本日午前中に六名でリフラムの関所を通過してきたな?」
「六名……ああ、二人は連れではないが、確かに一緒に通ってきた」
 見覚えのある兵士もいた気がしたので、恐らく関所でカイン達を対応した人物がいるのだろう。
 すると、兵士達は目配せをしあい、隊長と思しき人物が『連れて行け』と鋭い声を出した。
「何をする! 一体どんな謂れがあって、連行されなければならん!」
 伸ばされた手を不愉快そうに振り払うと、カインは指揮を執る男を見据えた。
「黙れェ!! 貴様ら、身分証を偽造し、この神聖なるブレゼシュタットで何をするつもりだ!!」
「偽造……?」
 腕を取られて無理やり立たされたラーズが不審な声を挙げた途端、右頬に痛みを覚えて目の前に星が散った。
「とぼけるな! お前らがやったことだろう!」
「兄様!!」
 シェリアが悲しげな声を上げ、ラーズに駆け寄ろうとしたところで、兵士に肩を掴まれる。
「お前も来い!」
「やめて! 離して……!」
 怯えたような顔で兵士を見やるが、彼らもやめろと言われて手を離すような事はない。
「貴様らがオレたちを拘束するのは職務だとして、だ。
……聞くが、誰の身分証が偽造だというのだ」
「誰が偽造したか、自分たちが一番良く分かってんだろうが!!」
 不快そうにいきり立つ兵士を鼻で笑い、カインは兵士らを睨む。
「誤って正規の身分証を持ったものを拘束し、このような振る舞いをしたのであれば……貴様らはただでは済まされんな」
 端正な顔立ちには挑戦的な色が浮かんでおり、威圧された兵士は狼狽したように指揮官を見やる。
「生意気な小僧だ……まぁいい、詰所で聞く。連れてけ!」
 カイン達の身体を縄で縛り付け、兵士らは乱暴に彼らの背を押しながら酒場を後にする。


「…………」
 この一連の様子を物珍しい様子で眺める野次馬たち。
 その人々に紛れ、建物の物陰から見つめているレナードがあった事は、カインたちも気づかなかったようだった。


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【自分を信じるのは、自分だけ】は、
bit start様よりお借りいたしました。
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