異世界の姫君:87話

 それはあっという間の出来事だった。
 一瞬にしてその強固な結界は砕け散り、この世界平均の……通常の『城』強度にまで落ちる。
「ルエリア様!  きっとすぐ次が来てしまいます!
 私が視たのは、一階と二階の間くらいを横に……!」
 予知の通りならば、今度は赤い光がやってくる。それをルエリアへ急ぎ伝えた。
「そこであれば届かぬな……」
 加護の対象は自分の範囲以外ほぼ拡大できない。アヤだけではなく、ルエリアとてそれは同じのようだ。
 城壁付近で攻撃や防御に従事している者たちへと注意を呼びかけるべくアヤが駆け寄ろうとした瞬間、レスターに抱き止められて阻まれた。
「やめろ!  もう結界はない。  走ったところに矢などが飛んでくる可能性は高いんだぞ!」
 言った側から、部屋へは目で追えぬほどの速度で矢が数本飛び込んでくる。
 今飛び出していれば、矢はアヤの体を貫いたに違いなかった。ぞくりと寒気が襲って、それは雨に濡れた体が冷えただけではなく、恐怖からくるものだと理解できた。
(でも、このままじゃ……!!)
 レスターの腕の中からもがくが、彼は離してくれそうにはない。
「――城壁にいる人は、そこから逃げてぇっ!」
 外に聞こえるように、その場から声を張り上げて叫ぶだけがやっとだった。
 言い終わらぬうちにすぐに放たれる二撃目は――予知と同じく赤い光。城壁に着弾し、光は熱を持って破裂する。
 城が揺れ、爆発音と悲鳴が周囲からあがって、アヤは耳を塞ぎたい思いだった。
(そんな……!  分かっているのに、どうすることも出来ないなんて……!!)
 外からは黒煙と、何かが焼けている匂い。痛いと叫ぶ声や、うめき声まで間近で聞こえるようだ。
 城壁は多分幾つか穴が開いたのだろう――……
 城壁。

『ありがと、姫様。お兄さんも必死なのよ』
 懐っこい笑みを見せる、レスターの兄の顔が浮かんだ。

(――イネスさん……!!)
 どくりと心臓が高鳴った。
 だが、その高鳴りはレスターに感じるようなものではなく、恐怖に心臓が縮こまってしまう時と同じ、嫌なときに起こるものだった。
 イネスは――無事なのだろうか。

「イネスさん……!  レスター様!!  城壁の中央にいたイネスさんがどうなったか……!」
「落ち着いてくれ……いいか、ここから先へ出るな。イネスは……あいつは大丈夫に決まっているから……!」
 そう言って聞かせるレスターのほうが心配そうな顔をしている。本当はすぐにも飛び出していきたいのだろう。
 ああ、と泣きそうな顔でアヤはうなだれ、イネスの無事を願うほかなかった。

「アヤ!  嘆いている場合ではない。次は何が来る!」
 ルエリアの質問に、アヤはハッとしてから目を閉じた。
 確かにイネスは心配だ。
 だが、ほかの者も同じように巻き込まれているし、また犠牲を増やさぬ為に。
 次の攻撃がどこに落ちるかを見極める必要がある。
(速く、正確に予知をしなくちゃ……)
 焦ると上手くできないのは分かっている。
 だが、そうしなければまた犠牲が増えてしまう……!
 懸命に念じてみるが、まだなにも見えてこない。早く、早くと気ばかりが急いてしまっていると……レスターがそっとアヤの手を握りしめた。
「大丈夫、わたしが側にいる。落ち着いて取り組もう」
 その言葉と温もりに安心したのか、アヤはその後すぐ集中に成功する。
 また、ラーズが赤い光を撃ってくる。
 次は、ここと城門へ正確に放たれていた。
 城門は爆発して吹き飛んだが、ここは――……室内が赤く光った後、映像のほうが途切れて消えてしまった。

「ルエリア様……、次はこの執務室と城門を狙っています!」
 目を開いてルエリアを真剣な眼差しで見つめれば、
 ルエリアはベランダに立って城門付近にいる者や……レティシスへと注意を呼びかけ、アヤへ命令する。
「アヤ、レスターを守ってやれよ。そいつは直撃を受けたら死ぬぞ」
「そんなことは絶対にさせません!」
 アヤはそう言って握っていたレスターの手を離すと、にこりと微笑んで前へと進み出た。
「アヤ――」
「大丈夫。魔法からは、私がレスター様をお守りします……!」
 絶対に、エリスは願いを聞き届けてくれる。
 かの女神の力を信じ、アヤはレスターに屈んでくださいと優しく告げて、先ほど光がやってきた方向を見据えた。
 雨雲の間に、金属で覆われた船のようなものが浮いていた。遠目からではあったが、プロペラのようなものは見つからない。
 飛行船よりはデザイン性があり、飛行機よりは機能を突き詰められていない。動力は魔法なんだろうか、そう考えた矢先のこと。
「来るぞ!!」
 ルエリアが声を上げてアヤの前へと出た。
 船から赤い光がきらりと輝いたように見えたかと思うと、それは二手へ分かれ……一方は吸い込まれるように城門へと到達して厚い扉を穿ち、破砕する。
 もう一方……執務室へ飛び込もうとしている光を、ルエリアとアヤはじっと見据えた。ルエリアは怖くはないのかもしれないが、アヤは当然……怖くないわけがない。
 しかし、ここにはルエリアとレスターがいて、自分を支えて助けてくれる。
 この国で一番守らなければならぬ人物と、
 自分の中で一番守りたい人物。
 それでいて、この2人から守られているから。

(大丈夫……。私は絶対、自分もレスター様も守る……!  エリス様、どうかお力を貸してください!!)
 少しでもレスターへ光が届かないように、と両手をいっぱいに広げる。
 レスターはクウェンレリックを握りしめ、自身もエリスへの祈りを捧げた。

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