異世界の姫君:83話

「――だめ……!!」
 止めたせいではないはずだが、予知はそこで途切れる。
 アヤは悲痛な声を上げ、これが現実に起こることを強く拒否するように首を振った。
 長い髪が顔にかかっても振り払おうとせず、その姿は更に悲壮さが際立って見える。
「落ち着け。何を視たんだ」
 その様子をじっと見ていたレティシスは、アヤの手首を握ったまま数回振って注意を引くと、控えめに声を掛けた。
「男の人が、飛空艇から……魔法を」
 震える声でアヤは告げ、レティシスが『銀髪の男か』と聞き返すと、こくりと頷く。
「やっぱり、そうか……ラーズが先に仕掛けてくる……!」
 僅かにレティシスの声が低くなる。
 さっきまでアヤと話をしている時には、あまり感情を浮かべなかったというのに今は顔に静かな怒りが浮かんでいた。
 勢い良く扉を開け放ち、周囲を確認するとアヤの手を引いて通路へと出た。
「離宮に結界が張ってあったら、だれだって怪しいと思うだろ。
 そこに、誰かがいるってバラしてるようなもんだ。今まではそれでよかっただろうが――もう違う」
 一緒に戦ったレティシスだからこそ、マジックマスターの威力は嫌というほど見てきている。
「ラーズはどんな魔法を使った?」
「青白くて、大きい光の帯みたいなものが……」
 アヤの説明するイメージは、彼の記憶の中にあるようだ。あぁ、と適当にも聞こえる相槌で返事をする。
「あれか……。じゃあ、結界は壊れる。その光は場所にかかった魔法を打ち消すときのやつ。で、赤い光の矢は見えたか?」
 アヤはもう一度記憶の中の色を慎重に思い出しながら、多分、と口にする。
「……黄色っぽいのなら少し……」
 黄色、と呟いたレティシスは、まずいなと零す。
「……当たってから爆発する魔法か……」
 光の下位魔法にライトボウがあり、その上級魔法にあたるものだ。
 爆発は周囲を巻き込むので味方が使えるならば有効な技だが、敵が使うとなると防戦側には痛手である。

「なんとか止めないと……!!」
「魔術師でもないあんたが息巻いたって仕方ないだろ……魔術師数人だって、ラーズを止められるわけがないのに」
 ため息混じりで答えたレティシスに、ついにアヤは我慢の限界に達したようだ。
 自分の手首を握っているレティシスの腕をとると、ぐいと引っ張って注意を向かせた。
「――なんだよ」
「私……レティシスの事、なんだかひねくれてるけど本当はいい人なんだろう、って思ってた。
 でもレティシスは、さっきからひどい事ばっかり……!
 この国の心配なんか全然してない。割と関係ない、って顔してる。
 ヒューバート様を殴った事だって、今みたいにあの人を怒らせてしまって……レティシスが逆切れしたんじゃないのか、って思えてきたもの!」
 逆切れ……ってなんだよ、と聞いてきたが、アヤは今怒っているからそれには答えない。
「それに、私が頑張ろうって思ったって……魔物一匹だって倒せないのは分かってる。
 でも、やらないで『できない』って諦めちゃったら……生きる気力がないのと一緒じゃない!」
「言いたいことは分かる。じゃあ何か止める術でもあるのか?
 諦めなければ蟻の牙が象の皮膚を貫けるのか?  ――希望じゃなくて現実も見ろよ」
 アヤだって彼が言うことも理解できるのだが、意志としては理解できない。
(そんなことができるなら、とっくに――……)
 そのとき、アヤは――とある事を思い出したのだ。
 天啓を得たかのように、ぱぁっと心に希望は広がったのだが、それを実行するには……勇気とこの男の協力が必要だ。
「……現実に、できればいいのね……?  私、ルエリア様に凄く叱られてしまうけど。
 レティシスが全部悪いことにして、戦場に出るから。避難しない」
「おい……ふざけたこと言うなよ。捕まるならまだいいが、今出て行ったら戦闘の巻き添えで死ぬぞ」
 さすがにレティシスもぎょっとして、目を大きめに開いた。しかも、戦場に出るのは自分のせいにされてしまうらしい。
「だから……もし私が役に立てたら。レティシスは皇子様とマジックマスターを皆と一緒に押し返してほしいの」
 私本気だから、と、アヤはレティシスを睨むように言い切った。
 しかし、レティシスは当然――……気でも違ってしまったかと思うほどに突拍子のないことを言い出したアヤの言葉を了承しかねている。
「あんたのいう事は少しおかしいぞ……恐怖で頭がどうにかなったのか?
 だいいち、思い付きだけじゃなく……言うからには何か考えでもあるのかよ?」
「ある。でも、賭けみたいなものなの……間違えちゃったら絶対死ぬんだ、ってわかってる。
 それでも……守ることができるなら、やってみるしかないでしょ?」
 そういうと、レティシスの顔が歪んだ。
「……守ろうとして死んだりしたら、残された者がどれだけ苦しいかわかってんのか、あんたは……!
 大きな事を言って、無理でした、で死んだら笑い話にもならない!」
 今までアヤと話していた口調とは違う。本当に、感情が入った言葉だった。
「…………だったら、それはどこにいても、何をしても同じじゃないの?  残されたくないから、一人でも多く生きて帰ってきて欲しいから、私はそれを手伝いたい!
 私ができる限りのことをやってみるから、上手くいったら協力してほしい、って頼んでるんでしょう!?
 ああでもない、こうでもないって言うだけならもう頼まない!」
 アヤもつい言葉がきつくなってしまう。だが、もういい加減止まらなかった。
 それに、こんなことを言い合っている時間も惜しい。
「……レティシスは、目的のためにここに来たなら……もうそれを優先すればいい。
 力を貸して貰えないのは残念だけど、私はもう行く。今が戦争中じゃなかったら、もっと噛み付いてたんだから!」
 手を乱暴に振り払い、赤くなった手首をさすりながらキッともう一度だけ睨んで『さよなら』と言うと、その側を抜けて走りだした。

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