異世界の姫君:65話

 再び王宮に戻ってきたルエリア達。水の離宮に着くまで、アヤはまた兜を装着している。
「しかし、陛下直々にいらっしゃるとは……ちょっとマズイんじゃないですか?」
 レスターがイネスのように喋りながらちらりと女王を伺えば、彼女は噴きだす。
「そっくりだな」
「…………好きでやっているわけでは」
 レスターはこの世の終わりでも来たような表情を浮かべながら、額に手を当てる。
 恐らく『そっくり』というのは不本意な褒め言葉なのだろう。
 アヤもリネットと苦笑いを浮かべつつ、彼らの後についていく。
「気づいているか」
 ルエリアの和やかな口調に、レスターはもちろんですよ、と頷きを返す。
「――アンジェラちゃん。お兄さんの隣に。リネットちゃんは陛下の方ね?」
 ぐい、とリネットをルエリアのほうへ押し、アヤの隣にやってきたレスターは、微笑んでいるが目は鋭い。
(……何か、あるんだ……)
 レスター達の空気を読み、アヤも身を固くしつつ『どうすれば……』と小声でレスターに尋ねてみると、
 そのまま、という返事があった。アヤは何もするなということだろう。
 しかし、ルエリアは何かをするでもない。そのままの調子でリネットと話しながら歩いている。
 不自然に感じない程度に、それでいてレスターを阻害しないように話せばいいだろうか。
「…………イネス。私の身体にベタベタ触らないで」
「何を今更。いつもの事じゃない」
 へらっとした、いかにもイネス的な表情を浮かべるレスター。ああ、本当は嫌なんだろうな――と思えるのは、レスターの眉が時折ピクッと動くことだ。
「いつもこうして口説いているのに、遊んでもらえないし」
 意地悪だなあと言いながらアヤの腕から腰に手を回す。
「ひゃ……っ!?」
 思わず変な声を出すアヤに、レスターもやりすぎたかと驚いて、手を離そうか迷ったようだが……一度目を閉じ、すまないと謝った後、再びへらっとした笑みを向けた。
「可愛い声出すね、アンジェラちゃん。もしかしてドキドキさせちゃった?」
「い、イネス……陛下の前でしょ!?  やめなさいよ!」
 陛下の前じゃなければいいの?  と尋ねると、噴水のある中庭へ差し掛かったあたりに来たルエリアが『楽しそうな話をしているが』と金の髪を後ろに払って流す。

「――もう茶番は必要無いようだ。来るぞ」
 落ち着いたまま言い放つとリネットを後ろに隠し、レスターも同様に後方を振り返ると……柱の陰から黒ずくめの男が現れた。
 姿を見せると同時に、ナイフを数本彼らに向かって投げてくる。
 アヤの前に立つと素早く引き抜いた剣で飛来するナイフを弾き、懐に左手を差し入れて小さいダガーを数本指に挟んで取り出すと投擲。
 そのままの動作で身体をひねると、腰のベルトからダガーを引きぬいて、身体を屈めて左側から投げつける。
 一度目に投擲したダガーは男の足元や腰のあたりを狙うのに対し、二度目に投げたものは避けることを想定して胸から上に投げられていた。
「…………!」
 右に飛び退いて避けようとした男は、眼前に迫るナイフを振り払おうとしたが間に合わないと判断したようで、
 とっさに腕を交差させてそれを甘んじて受け止める。手首に突き刺さるダガーの痛みにも声を上げず、着地するとそれを引きぬいた。
 レスターはアヤのことをルエリアに任せて男に疾走したのだが、肉薄する瞬間に危険感知が働いたため、考える余裕もなく後方へ跳ぶ。
 数瞬前にレスターがいた場所へは、瞬時に無数の氷晶が舞った。
「今度は魔術師まで連れてきているのか。ご苦労なことだ」
 ルエリアはふんと鼻で笑い、余の城でこのような騒ぎを起こすとは、ただでは済まさぬぞ、と言い放ってから、月の離宮の方を伺う。
「ふむ、同時に攻め入ったか。可哀想だが、あちらに行ったものは勝ち目がないな」
 アヤが不安そうな顔をすれば、ルエリアは罠師(トラップマイスター)の腕次第だがと口にした。
「トラップマイスター?」
 不思議そうに聞き返せば、ルエリアが『罠を張って敵を誘い込む者だ』と教えてくれた。
「知略や勘を駆使するのは軍師と同じだが、違うのは一人でも多人数でも構わず行動できるところだ。まあ、仲間に罠へ立ち入らないように教える面倒はあるが……」
 薀蓄(うんちく)を語りたいようだったが、ルエリアは柱の陰や通路から現れる魔術師や短剣を構えた輩を見て無礼者共が、と口にした。
「アヤ、死にたくなければリネットを抱きしめて、精々エリスに祈っていろ」
 そう言ってリネットを押し付けたが、ぽすっという音がしそうなほど簡単にアヤの腕に収まる。
「……リネット、邪魔にならないよう……柱の側に」
「はいっ」
 小走りに柱の前に立つと、そっと後ろを伺うアヤ。誰も居ないのを確認して、ぎゅっとリネットを抱きしめた。
(エリス様、どうかリネットと私をお護りください……!)
 それを見ていたルエリアは、頷いてから武器がないな、と自身の身体を見回して扇を取り出す。
「何もないほうがマシか?」
「……扇のほうが恐ろしいですよ、我々には」
 レスターがとても嫌そうに顔をしかめたのだが、あの扇には何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
 魔術師たちが杖を向け、アヤとルエリアを狙うのに気づいたレスターがハッとした表情を浮かべるのだが、
 ルエリアは心配要らない、とレスターに言った。
「しかし!」
「何度も言わせるな。アヤには効かぬ」
 言った途端、黒ずくめの男がレスターに躍りかかる。足止めだと判ったレスターは瞬時に打ち払い、
 アヤのほうに駆け寄ろうとして再びルエリアに止められた――と同時に、魔術師の詠唱が終わったらしく、火球がアヤの元へと飛ばされる。
「アヤ……!」
 レスターは声を上げたが、再び男と剣を交わらせる。よそ見をすれば、命がないのは自分も同じ。
 アヤはぎゅっとリネットを抱きしめ、放たれた火球や氷を睨みつけた。
 すると、どうだろう。アヤとリネットの身体を銀色の光が包み込む。光に触れるか否かというところで火は消し飛び、氷は砕けた。
「アヤにはエリスの強力な加護が付いている。アヤさえきちんと祈れば、己に飛んでくる魔術の類は効かぬよ」
 アテが外れて残念だったな、と冷たい微笑みを男たちに向けて、ルエリアは扇を開いた。
「どうせやるなら、これくらいはしたらどうだ?」
 開いた扇を魔術師たちに向けた途端、扇は光を帯びる。ルエリアがそれを一振りするだけで、無数の光が刃となって襲いかかった。
 柱や床、あるいは――運の悪い魔術師に当たると光の刃は膨張して爆発する。
「久方ぶりに使ったものだから、死なない程度の加減しかできていないかもしれぬ。身体が飛ばれては、余の宮殿が汚れるからな」
 扇を閉じると、月の離宮はもう血まみれだろうから使えぬな、と残念そうな表情を浮かべていた。

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