異世界の姫君:60話

 リネットの提案に、レスターはハッとした顔をするのだが、ヒューバートはといえば何やら難しそうな顔をしている。
「僕もそれは考えたんだけど……まず、姫が気落ちしているから、精神がもうちょっと安定してからじゃないと」
 その言葉を遮って、アヤは『やってみます』と口にした。
 場にいる全員がアヤの事を注視し、できるのか、という表情を浮かべていた。
「アヤ……」
 まだ不安そうな顔をしている黒い姫に、いたわるような声音でレスターは彼女の名を呼んだ。
「……確かに怖かったですし、自分でも……まだ『能力』っていうものに半信半疑なところはあるけど……」
 先ほどのことを思うと、まだ体も心もこわばってしまう。
 それに、いつまでもこうしてレスターを心配させるわけにもいかないし、黒ずくめの男を捕まえていないので、問題も解決したわけではない。
「私の力が役に立って、ゴヴァンやクレイグを見つけることが出来たり、さっきの人も捕まえることができて……結果的に夜襲も起こらず問題が早く解決するかもしれないなら、ずっとメソメソしてちゃダメですよね……」
 力が欲しいと望んであの洞窟に行き――幸運にも手に入ったのだから、それは活用すべきものだ。
 手を握り、深呼吸を繰り返して気を落ち着けると、アヤは眼を閉じて、まずクレイグの潜伏先を探そうとした。
 顔の前に指を組み、固唾(かたず)を飲んでアヤの事を見守るリネット。
 その肩を優しく抱き寄せたヒューバートは一度微笑むと、視線を外して何故か窓の外……景色ばかりをじっと見つめていた。

 張り詰める空気の中、祈りを捧げるような姿勢で動かないアヤの脳裏に浮かぶものは、先ほどの光景やここ数日の思い出ばかり。
 鮮明に見えるものではなく、ぼんやりと……なんとなく浮かぶ蜃気楼のようなものだった。
 これじゃない、と思えば思うほど、雑念じみたものが浮かんでくる。
「……姫、あまり気を張らないで。焦ると余計なものが混じってしまうだろうし、集中もうまくいかないよ」
 唯一の経験者であるヒューバートがアヤに声をかけ、最初のうちは混乱するしね、と付け加えた。
「慣れてくると、切り替えがうまくいくようになるんだけど……姫と僕では眼の使い方が違うようだし、 何より『見て』いないものを『視る』のは大変だろうしね」
 一瞬言葉の意味がわからなかったが、眼に写っていないものを対象にする場合、集中していたり精神が安定している必要があるのだろう。
 ましてや、身につけたばかりのものだ。使い方に戸惑っているのだから、うまく発揮できるはずもない。
「ごめんなさい、こういう時なのに……今日は何度か試してみます。もし何か視えたら……」
「ええ。すぐにレスターに相談してください。僕はこれから陛下の護衛ですし……
 ああ、姫も音楽会にいらっしゃるおつもりでしたら準備されませんと」
 先ほどのことは、陛下の耳に入れさせて頂きますけれどもと断りを入れたヒューバートは、
 拾ったガラスをポケットに入れると『術師と工芸士にも修理を頼んでおきますから』と笑みを残して部屋を出ていった。
「アヤ様……あの、お部屋にいらっしゃっても、あまり落ち着かないようであれば陛下のお側にいらっしゃるほうが……」
 リネットが進言してくれたが、そうするとリネットが心細い思いをするのではないだろうか。
 アヤ自身、誰かと一緒にいて気分を紛らわせたいと思う反面、外に出てまた何かあるかもしれない……と考えると、
 一歩も出たくないような、両方の気持ちが渦巻いているのに気づいて、表情を暗くした。
(……私、結局自分のことばっかり考えてる……)
 レスターは自分を守るために盾になってくれたりしているし、
 リネットだってヒューバートやアヤを安心させるために怖いのも我慢して普段通りにしようとしている。
 ルエリアやヒューバートはアヤに手を貸さない、と言いつつも……特にヒューバートは一応部下のような立場であるレスターや、恋人のリネットがいるせいもあってかアドバイスなどを与えつつ親身にしてくれる。
「アヤ、気が乗らないのなら無理に出ることはありません……ですが」
 寝室のドアを睨むように見て、恐らくその向こう、ガラスの割れた窓のことを考えているであろうレスターは『また来ないとも限りません』とあえて告げた。
「少なくとも、何者かに狙われているのは事実なようです……」
 レスターの脳裏に浮かんだのはロベルトだったが、黒ずくめの男は彼ではない、と瞬時に否定した。
 攻撃を一度しか受け止めていなかったが、ロベルトはもう少し剣が鋭い。
 練習で一緒になっても本気で鉄剣を振られていたので、彼の攻撃や殺気を見まごうはずもない。だから、別の人間が動いている……と推測した。
 まだ何かを考え込んでいるアヤに、どうしますかと尋ねると、アヤはかなり迷ってから、唇を引き結んで顔をあげる。

「……レスター様が承諾してくださるなら……ここに」
「アヤ様……!」
 リネットが泣きそうな顔をするが、アヤはごめんなさいと目を伏せた。
「私の想像ですけど……狙われているということは、誰かが私の事を邪魔だって思っている……ということになりますよね。
 邪魔だと思う理由をあげていくとキリがないくらい出てきますが、
 納得できる理由としては……私に『予知の力がある』と知っている人物がいるのでは?  と思ったんです」
 ふむ、とレスターは同意するように頷く。
「つまり、その力で『視られ』て、陛下の耳に入れば都合の悪い事がある――……と?」
 そうですと肯定して、アヤはもう一度『私の想像で考えただけですが』と念押しした。
「また準備を整えてくるかもしれません。多勢の方がいらっしゃるところに私が出向けば、 関係ない誰かを巻き込んでしまうかもしれなくて……極力人が少ない場所に留まれば、被害も少ないかと考えたんです」
 レスター様には申し訳ないですけど、とアヤは頭を下げた。
 何度も頭を下げるなとレスターがたしなめて、分かったと同意するのだが……。

「姫様もレスターも甘いなぁ。まだまだオトナの汚さがわかってないね」
 話に参加せず、部屋の調度品などに異状がないか見ていたイネスがようやく声を発した。
「さっきの相手が魔法を使えないって保証もないでしょうに。ましてや、今度は確実性を求めて数で押し切るかもしれない。
 レスターがそこそこ強くても、外から弓で射られるかもしれない。
 今度こそ魔法で狙われるかも。で、避難したわたくしどもにも安心はありません。人質に取られちゃうかもしれませんしね」
 どこから取ったのか、羽ぼうきを振りながら講釈を垂れるイネス。しかも割と理にかなっているため、レスターはいつもの憎まれ口を叩かない。
「……じゃあ、どうしろと言うんだ」
 ふふん、とイネスは得意げに笑って『万能執事イネスさんにおまかせなさいよ』と自信たっぷりに言い切った。

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