異世界の姫君:57話

「聖騎士ロベルト様とあろうお方に、どうして敵意を向けましょうか。わたくしは、あなた様を誰よりも尊敬しておりますのに……」
 宥めるように、それでいて糸をひくような粘っこいな口調ではあったが、ロベルトが興味を寄せるには十分だった。
 剣の柄に置いていた手を話すと腕組みし、ローブの男に近寄る。
「……なんとなく胡散臭いやつだが、この俺に協力ってなんだ?  話してみろよ」
 どこまでも横柄な男だが、ローブの男は気にした素振りもなく楽しそうに笑い、顔の前で手を横に振った。
「いえいえ、そんなお話なんて滅相もない……わたくしは協力をお頼みしたいだけで……!」
 だから話を聞かねえとわからないだろうが、と声を荒げたロベルトが見たのは――男の指先が、紫色に淡く光っていた。
 それが自分に向かって放たれ、身動きひとつできなくなった時……しまった、と思った。
 ローブの男は薄笑いを浮かべ、こんなに簡単に引っかかるとはな、と低い声で笑う。
「出来れば、こうして捕まえるのは白銀の騎士である方が望ましかったのだがね……だが十分だ。さあロベルト様。我々の為に働いてもらおうか……!」
 再び手が伸びてきて、ざらざらした指先がロベルトの眉間に突きつけられた。
 身動きもとれず、言葉ひとつも喋れない彼が見たのは……ローブからかいま見える男の楽しそうな表情と、顔。
(こいつ……クレイグじゃ、ねえか……!)
 そう。国で探し回っている男の顔だ。ましてや、宮殿の中にいたとは、一大事以外のなんでもない。
 クレイグは呪文を唱え始め、ロベルトの思考を奪っていく。

 ――クレイグが近くに潜伏していることを、早く……陛下に、お伝え……、……

 それきりロベルトの意思は途切れ、どこかぼうっとした眼で、クレイグのことを見つめていた。

 イネスとリネットが待つ離宮に戻ってきたアヤは、インクがところどころついて汚れてしまった手を洗うと戻ってきて椅子に座る。
「大丈夫でした?  事件とかはありませんでしたか?」
 心配そうなリネットに、大丈夫だよとアヤは笑顔を見せて頷き、それを聞いてほっとした様子のリネットにはロベルトと会ってしまったことは喋らなかった。
「それより、午後からの音楽会には顔を出せそうなの。後で、着ていくドレスを選んで欲しいな」
「お任せ下さい!」
 頼られているのを嬉しく感じたリネットは、元気よく返事をすると早速適当に見繕ってきます、と寝室の方へ入っていく。
「全くもう、リネットさん……フォークも出してないじゃないかよ。すみませんね姫」
「あ、ぜんぜん大丈夫ですよ。むしろ張り切ってもらっちゃってるのは私も嬉しいので」
 寝室のドアをじろっと一瞥して、ブツブツ文句を言いながらもアヤの前へよく磨かれたフォークやスプーンを並べていくイネス。
 アヤはリネットをかばうのではなく、純粋に自分のために頑張ってくれるのは嬉しい、と言って優しい表情を浮かべている。
「姫が音楽会というと華やかでいいんですけど、レスターにはどうも似合わない催しだよねぇ」
「大きなお世話だが、お前が聴きに行くよりはマシだろう」
 キッと兄を睨んだレスターは、そのままアヤの隣に腰を下ろす。
 既にアヤの隣にいることが当たり前のような振る舞いに、イネスは小さく笑ってから気づかないふりをしてレスターのフォークをぞんざいに置いた。
「自分で揃えてくださいませ。わたくしは姫の執事なので、騎士様には優しくする必要がございません」
 本来、同じように銀食器など扱わせる必要など無いのです、と慇懃(いんぎん)無礼に言ってから白い皿を数枚取り出して個々の席前へと置いている。
「イネスさん……ご一緒に音楽を鑑賞されませんか?」
 アヤの問いに、イネスは至極残念そうに眉を寄せた後『役目もありますし、我々にはとても敷居が高くて』と漏らした。
「宮廷にいる人のために開かれているのに……」
「高貴な方々が楽しむものですから」
 アヤの住んでいた世界歴史でもそういう時期はあったはずだが、庶民が楽しむ音楽などというものは、まだこちらでは開かれていないのだろうか……。
「あ……でも、吟遊詩人さんとかはいらっしゃいますよね?」
「ええ、吟遊詩人(バード)は居ますし、街の酒場にも時折、旅の軽楽団は来ますが……このたび開かれるような素晴らしいものはありませんね」
 どうやら音楽全てが庶民の娯楽に取り込まれていない……というわけではないようだ。一部はそうして庶民にも伝わっている。
 多分、宮廷で催される音楽というのは『楽団』というからオーケストラのようなものだろう、とアヤは思っている。
 イネスやレスターと他愛ない話をしているところに、どうやら大体の目星をつけたらしいリネットが戻ってきた。
「幾つか候補を集めましたので、後で合わせながら着てみましょう」
 楽しそうなのは結構なのだが、リネット殿はアヤにちゃんとした服を出してくれるのだろうか――レスターはそこが心配である。
 そんなレスターの顔色を読んだのか、リネットは大丈夫ですよとくすくす笑う。
「公的な場所へのお出かけですから、きちんとしたものに決まってるでしょう?」
 レスター様とのお出かけだったら、もう少し楽しみますけど、とうっかり漏らしてしまったので、レスターもやはりわざと選んでいたのか、と呆れた顔をする。

「レスターはからかうと面白いからね。すぐ怒るけど」
 シェパーズ・パイのようなひき肉とポテトが入ったものにナイフを入れながら、リネットもそうですねー、と同意した。
「とりわけアヤ様のこととなると、レスター様はすぐに態度に出ますから」
 愛されてますねー、と冷やかし口調でアヤに笑いかけたが、そのアヤは頬を赤くしてちらりとレスターを見る。
 その視線には照れだけではなく期待と嬉しさなどが混じっているようだが、その視線を受け止めたレスターは頷いて微笑んだ。
「ああ、熱いなあリネットさん!  今日は寝苦しい夜になるな!」
「イネス!  バカな事を昼間から大声で言うな!」
 顔を赤くしながら思わず席を立ったレスターだったが、   何がバカなことなんですかね、とニヤニヤ笑いを浮かべながら質問してくる使用人たちを無視して、
 取り分けたパイを奪うとアヤの前へと置いた後、何事もなかったかのように座る。
 レスターにとって居心地の悪い視線を感じるのも少しの間だったが、アヤ達は楽しい昼食を味わったのだった。

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