異世界の姫君:54話

 一応は謝罪してくれたようだが、本心からではないのは彼の表情や態度、雰囲気からして伝わってきた。
 まだ物言いたげなロベルトの視線から逃れるように、アヤは悠々としている女王の姿を仰ぎ見る。
 彼女は緑の瞳でアヤを見つめ返してくれたが、やはり親近感よりも、凛とした威厳を感じさせる姿だった。
「あの、ルエリア様はもう音楽会に……?」
「開催されるのは午後からだったはずだが。まだ早すぎるし、楽団の音合わせも済んでいないだろう。
 ただ玉座に腰かけているのも退屈でな。気分転換に散歩していると、おまえたちが睨み合っていただけだ……下らん口論を諌める仕事までしてしまった」
 疲れに来たようなものだと言って、ルエリアは髪に触れる。
 本当に偶然居合わせたのか、狙ってやってきたのか。それはアヤ達にはわからぬことだったが、ルエリアの機転のおかげで助かった。
 レスターはまだアヤの事を見つめていたが、その視線に気づいたアヤが彼の方に身体を向けると、レスターはぎこちない表情を浮かべた。
「レスター様、私……痛っ……」
「――同じ事を何度も言わせるような男ではないと思っているが……金輪際聞くなよ、ロベルト」
 レスターに話しかけようとするアヤの脇腹をチクっとつねって制すると、ルエリアはロベルトに念を押してからアヤとレスターについて来いと促す。
 アヤはルエリアの腕にそっと掴まりながら歩き、レスターはその後をついていく。
 ロベルトとすれ違うとき、肩越しにレスターは暁の騎士を振り返ったが--その表情は読めなかった。

「――なるほど。ティレシアの末裔だったとは、僕も気づきませんでした」
 謁見の間ではなく、ルエリアの執務室に連れてこられたアヤを待ち受けていたのはヒューバートだった。
「いつからお聞きに?」
「おや、僕は聞いていませんよ?」
 くすくすとヒューバートは笑って、アヤの前に跪くと騎士の礼をとった。
(ヒューバート様は、心だけじゃなくて考えていることだったらその前後も分かるのかな……)
 そう思ったアヤに、すぐヒューバートは『少しだけですけどね』と返してきた。やはり、すごい能力を持っているようだ。
 しかし、レスターはアヤとヒューバートの会話は何を示しているのかよくわかっていないようで、不思議そうに2人を見た後どうにも落ち着かないらしく、ぎっしりと本が並べられた棚の方を見つめていた。
「……ルエリア様、私、レスター様に嘘をつかなければいけないのですか?」
 体を寄せて、レスターに聞こえぬようひそひそとルエリアへ耳打ちしたアヤの表情は非常に暗い。
 ルエリアはその顔を面白そうに眺めてから椅子に座ると、暫しの辛抱だと伝えた。
「他にも王家なのだと言ってやる方法はあるが、あまりお前と仲良くするとレスターが怒るからな。すぐ説明できる方法にしてやった」
 ヒューバートもそれは知らないのか、不思議そうな顔で首を傾げるだけだった。珍しそうにその姿を見ていると、
「僕でも、エリス様や陛下のお考えは読めないんですよ」
 と嬉しそうな顔をしている。やはり、常に見えてしまうから人の心が見えないというのは彼にとって幸せなようだ。
 だから、暗殺などの危機を未然に防ぐという大義をしつつも、彼の心を僅かにでも落ち着かせるため常に女王の側へ配属されているのかもしれない。

「どうだアヤ、城壁では何か分かったか?」
「え……はい。結界が強固であるということや、攻め入るには正面しかないということとか……」
 まだ途中なのですけど、と言いながら上着のポケットから小さくたたんだメモを広げて内容を読み上げている。
「結界は事実上、壊せないに等しいこととか……」
「そういうことだ。いかに魔法国家であるクライヴェルグが攻めてきたとしても、リスピアの神格級に匹敵するものは既に居ない」
 奴らもこちらに攻められるはずはないだろうしな、とルエリアは言った後何かを思ったのか口を閉ざした。
「ともかく……レスター。アヤがこのような身の上だと理解できたか」
 急に話を振られたレスターだったが、静かに『はい』と答えた。
「陛下とのお約束もあるようでしたが、姫にはいろいろ話せないことが多いので、
 わたしは信用がないのかもしれないと思ったりもしたのですが……そのような生い立ちでは話せますまい」
 そう言われたアヤは、罪悪感が胸に広がる。
 レスターの事はとても信用しているし、事情の一切合切を打ち明けてしまいたいと何度も思った。今だって、許可が降りればすぐにでも話してしまいたいほどだった。
 しかし、レスターはアヤの肩に手を置いて、小さく笑った。
「……わたしは、アヤを守ると誓った。だから、アヤがどのような生まれであろうともそれは変わらない」
 だから、そんな悲しい顔はしないで欲しいと言った途端、アヤがレスターの胸に飛び込んでくる。
「レスター様……!  こんな私でも、いいんですか?  まだお話できないことがいっぱいあります。
 もしかしたら、嘘をつくこともあります。それでも……こうして、お側にいさせてくれますか?」
 拒絶されることに怯えるアヤの身体を優しく抱きしめてやりながら、レスターは嬉しそうな顔をしている。
「恐怖に負けてしまいそうなわたしを解放してくれたのはあなただ。
 そのとき、わたしがどれほど幸せで、嬉しかったか……アヤにはわからないだろう。
 そしてアヤが同じように悲しいのだったら、それが消えるまで……いや、消えても一緒にいよう」
 思わぬ言葉に、怖かったのも忘れてアヤはレスターの顔をじっと見つめてしまう。
 レスターが頷くと、アヤは顔を泣き顔に歪めてから、レスターの首にすがりつくように抱きついた。
「……アヤ。ずっと一緒に――」
 かなりいい雰囲気のところで、様子を傍観していたルエリアが『ならん』と声を上げる。
「2人の世界を壊して悪いが、今朝もダメだと言ったばかりだろう。結果が出るまで、勝手に話をすすめるな」
 悲しそうな顔をするレスターとアヤに、ヒューバートは『試練だと思って頑張ってね』と励ましていた。

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