異世界の姫君:49話

 アヤが寝室に戻っていってから、イネスは弟の意外な一面にくつくつと笑う。
「なにがおかしい」
「おかしいよ、そりゃ。女っ気がなくて心配していたら、お前はその気になると俺より手を出すのが早いじゃないか」
 お前と一緒にするなとレスターは不満気に言うのだが、
 自分もそれに気づいて強くは否定出来ないらしく視線を彷徨わせた。
「……わたしだって、これほど熱を上げるとは……思ってなかった」
「まあ、いいんじゃないの?  あんなに可愛い義妹(いもうと)さんができるなら、俺は大変嬉しいよ。あ、姫は俺を『お兄ちゃん』って呼んでくれるかなぁ」
 呼ばれたことを想像したのか、嬉しそうな顔をするイネスに『呼ばせるわけがないだろう』と睨みつけるレスター。
「今日だって大変だったんだ。同僚にはいろいろと言われるし……」
 そうしてレスターは騎士たちの言葉を思い出す。
『レスター様、頑張ってくださいね!』
『姫に無理をさせるなよ』
 などなど、アヤを気遣うものから下世話なことまで言われ続けていたので、レスターも変に意識してしまう部分があるようだ。
「気にするなよ、そんな事。お前と姫様のペースで一緒にいればいいだろ」
 誰かに言われて付き合ったわけじゃないんだからさ、とイネスが微笑むと、レスターは真顔になった後で……同じように微笑んだ。
「……そう、だな。ありがとうイネス。お前もたまにはいいことを言うな」
「聞かれりゃ、ちゃんと答えてるんだけどね、俺」
 そういえば、最近は兄弟できちんと話す時間もなかったな――とイネスが言えば、レスターも黙って頷く。
「家を出てから、おまえの悪い噂しか聞かなかったから、話したくもなかった」
「う……いやー、それは……」
 言葉を濁して視線をさ迷わせるイネスに、ハァとため息をつきつつ呆れた顔で『あまり女性と遊ぶなよ』と忠告したレスター。
「お待たせしましたー!」
 イネスにとっての気まずい時間は、再びリネットがやってきたことによって休止符を打たれた。
「ああ、待っていたよリネットさん!」
「それはどうも。アヤ様のお着替えも終わりましたよ。これでどうです、レスター様っ!」
 じゃーん、と自分で言いながら、リネットは扉をばっと開いた。
 ブラウンのロングワンピースに、白い上着を羽織っている。
 先ほどの服と比べると随分露出も減ったため、レスターもほっとしたような面持ちで、凄く似合っていて可愛らしいと褒めていた。
「褒めてもらって嬉しいですけど……さっきの服、凄く可愛かったのに……」
 しかし、アヤはこちらのほうがレスターの対応が良いので不満そうだ。どうやら、あのメイド服を気に入っていたようだ。
「先程のはとても似合っていましたが、着るならわたしと一緒の時だけにしてください」
 他の人の反応は見たくないから、という意味だったのだが、リネットとイネスはまたニヤニヤし始めるし、アヤまで照れている。
「な、なにか……?」
「どうせ二人っきりの時に着てたら……さっきの態度だと、ねえ、リネットさん?」
「まったくですよね、イネスさん。兄弟揃っていけませんね」
 あまりからかうとレスターは逆ギレしはじめるので『そろそろ出かけるんだろ?』と怒りだす前にイネスが先に話を振った。
「あ……そうです。ちょっと行ってきますね」
「とりあえず、お昼ごろには一度お戻りくださいね」
 支度して待ちますから、とイネスが微笑むと、アヤもハイと返事をして大きく頷いていた。

 ひとまず宮殿内に戻ってきたレスターとアヤの2人は、先に城壁へ行ってみることにした。
「アヤ、そういえば……城壁まで行ってどうするのですか?」
「城から、外の景色がどれくらい見えるかを確認したいんです……ちょっと、眼の調子が完全じゃないのは残念ですけど……」
 このぼやけた視界では、たいしてよくわからないかもしれなかったが、それでも口頭で聞くより、自分で確かめたいという気持ちがあってのことだ。
「……では、城壁ではなく見張り台へ行きましょう。常時誰かしらそこで待機し、異常がないかを見ています」
 ここから一番近いところで構いませんか、と聞かれ、アヤもそれに頷いて応じる。
「レスター様も、見張り番になったりすることはありますか?」
「聖騎士になる前は、交代で見張りについていました。8時間交代なのですが、わたしは夜番が多かったですね」
 と、当時のことを懐かしそうに語っている。聖騎士になる以前のレスターも、きっと今と変わらぬ真面目さで職務にあたっていたのだろう。
 写真があれば是非拝見したいものだとアヤは微笑みながら告げるが、
 写真?  と聞き返されて、風景や人物を写しとったかのように美しいまま残す、絵のようなもの――という苦しい説明をした。
 アヤにはカメラの構造はよくわからなかったし、難しいことを聞かれても答えられる自信もなかったせいだ。
「絵画のようなもの……絵よりも鮮明ということですか?」
「そうです。レスター様をそのまま写し取れるのです」
 携帯電話でも持っていれば、カメラ機能で写してみせることも出来たのに、と残念がるアヤだったが、レスターは説明を聞けば聞くほど不思議そうな顔をする。
「……理解の範疇(はんちゅう)ではない事象なのがつくづく残念です……。アヤの国には、いろいろなものがあるのですね」
 そのような豊かな国は、一度拝見したいものです――そう微笑んだレスター。しかし、アヤは顔を曇らせる。
「ものは豊富にありますけど、いつも時間や何か物事に追われているような世界です」
 日本は好きだし、家族や友人も好きだが、気がつけば周りと比べられてばかりでした――とアヤは思い返す。
 不安にさせまいとレスターはアヤの手をそっと両手で握り、微笑みを浮かべながら『大丈夫ですよ』と言った。
「物事に追われたり、誰かと比較されたりするのは……この国も、どこだってさほど変わりはありません。ただ、流され続けて自分を見失わなければいいだけです」
 アヤは、それが出来る女性だから大丈夫ですよと言ってから、アヤの指先に口付けを落とした。
(わぁ……!)
 初日もそうだったが、どうにも手に口付けされるという事は慣れない。
 どぎまぎしてしまうアヤを見て、本当に慣れていないのですね、と珍しいものを見たような目を向けるレスター。
「謁見などで、こうして挨拶はされませんか?」
「ええ、まあ……。握手とか、親しくなると抱きつくとかはありますけど……」
 抱きつく?  と聞き返すレスターの表情がややきついものに変わった。
「男女問わず?」
「基本親しい同性には自然と出る……かな?  私の身近には親しい男性ってそんなにいませんでしたけど、友達は気さくな子でしたから、男女問わずギュッて――」
「アヤ」
 レスターの表情は先程の穏やかなものとは違っている。半眼でぶすっとしたものなのだが、アヤには怒っているようにさえ思う。
「……今後、同性への挨拶は致し方がないとして、異性への抱擁はいけません。誤解されてしまいます」
「は、はい……じゃあ、ヒューバート様たちへは、どうしたら、いいでしょう……」
 普通にしていてください、ヒューバート様なら適した挨拶を先にしてくれるでしょう、と割りと投げやりな説明で終わらせた。
 アヤがもう少し男の扱いに慣れていれば、レスターがヤキモチを焼いたことくらいは……解ったかもしれない。

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