9.身支度と趣味

「はぁい、お待たせしました~……って、あら?またお取込み中?
 初めての割に好きものだったのねぇ……ビッチの素質があるかも」
「違うわよっ!  つーかそんな素質要らない!!」
 否定の言葉を口にしても、確かに今の私の様子じゃあそう思われても仕方がないというか……。
 だって、さっき巻いてたバスタオルはその辺に放り投げられていて、私は裸のまま。
 着てきたはずの服は破かれ捨ててある。
 しかもヴィルフリートの手が胸と太腿をまさぐっていた時にニーナが戻ってきたから、
 そう見えてしまっても……なにひとつ説得力はなかったわけで。

……そもそも、ニーナが私用の服を持って帰ってきてくれたのは、消えてからからだいたい1時間近く経っての事だった。

 すぐ戻ると思っていたから、身体を拭いたバスタオルにずっとくるまっていたけど……

 冬でもないのに湯冷めしたみたいで、だんだん寒くなってきた。
 バスタオルも濡れたままだし、これじゃあ風邪をひくと思ったので自分が着ていた服でも――と思って手を伸ばしたのに。

 そうしたら、ヴィルフリートがこの服はダサイから二度と着るな――とか言って、破り捨てたわけで。
 服と下着(しかもそれしかないのに!)を奪われて当然激怒した私を、
『うるせぇなぁ……こうしてりゃ寒くねぇだ、ろ……!』
 ヴィルフリートは私のバスタオルをはぎ取るとぐいと抱き寄せて、
 暖かくて肌に心地良い質感を持つマントの内側に入れてくれた。
 そこは男の――ヴィルフリートの匂いがする。

 入れてくれたって言っても、私はヴィルフリートが好きじゃない。
 むしろ、こんな事態に陥れた男を好きになるわけなんかない。
『いやあっ!!  触らないでよ!  だいたいなんであんた、いちいち距離が近いわけ!?
私なりゆきで買われたけど、あんたのものになったわけじゃ――』
『……黙れよ』
 またあのぎろりとした目で睨んできた。
『はい……』
 目つきだけじゃなくて声も怖かったし、それ以上何も言えなくて。
 眼を逸らしてそのまま、寒かったこともあったし大人しくしていた。

 普通は気まずくなるはずのなのに、ヴィルフリートには全然関係ないみたい。
 この人、マイペースなんだよね。後腐れない、っていうのは長所なのかもしれないけどさ……。
 ニーナを待つ間10分置きくらいずつ、ヴィルフリートは『遅い』『暇だ』と言って私の胸を触ったり、揉んだり、揺らしたりして遊んでいる。
『ちょっとっ。勝手に胸触らないで!』
『いいじゃねぇか、減るもんでもないし。もっとデカくなるかもしれないぜ?』
 お前胸と態度だけはでかいよな、と言って、さらに手が下に伸びてくるとか行動がエスカレートしてくる。

『いい加減にしてよっ!』
 身を捩って、セクハラ攻撃から逃れようとするんだけど……

 がっしり後ろから抑え込まれてる形だから、逃げられない。
 しかも私が嫌がれば嫌がるほど、首筋を舐めるとか耳を噛んでくるような余計なことをしてくる。
『や、だ……ッ!』
 また変な事されちゃう、と思った時。ようやくニーナが戻ってきたってわけ。

 悪魔だけど、その時は天の助け!!  ……ってくらいには感謝した。

「で?  服ってどんなのを持ってきてくれたの?
 っていうか下着もないからまず下着をください」
 ヴィルフリートの手をべちっと叩いて離させると、
 落ちているバスタオルを拾って体に巻きつけながら、ニーナのところまでいってしゃがみこむ。
「服や下着、好きそうなのを持ってきたんですよ」
 にっこりとほほ笑むニーナ。
 おお、やっぱり悪魔とはいえ女性。女の子の好きそうなものを持ってきてくれたみたいだ!
 だいたい、私を騙してこんなところに押し込んで、酷い目に遭わせているんだから……それくらいしてもらったって全然いいはずだ。

 うきうきしながら差し出された下着を手にしてみると――黒のTバックだった。

「……ん?」
 次々手に取ってみたが、シースルー素材だったり、クロッチに切れ目が入っていたり、挙句にはそもそもクロッチがない丸見えなものとかもある。

 どれもこれも、私の趣味には程遠い。っていうかこんなドスケベな下着、ストアで見たことない。

「なにこれ……」
「――おお、いいんじゃないのか、これ。履いたままヤれるぞ」
「でしょう?  喜んでもらえて光栄ですわ」

――……どうやら私の趣味ではなく、ヴィルフリートのご趣味らしい。

 それに、一応使うかどうかは別として。私が履く(予定)のパンティなんだから、あんたが勝手に触ったり見たりしないでよ。
「……普通のが欲しい」
「なんで普通のを履かせないといけないんだよ?」
 本当に分からん、という顔をする悪魔の2人だが、なるほど……そうくるか。
 私に手芸や洋裁の趣味とかがあれば、下着も上着も作るんだけどなぁ。
「……もういい、今日はこれ履くから。あと洋服」
 黒のTバックが一番まともそうだったので、そっと手の中に隠すように持つと、
 ヴィルフリートが『コレにしろよ』と例のクロッチがついてない下着を見せるのだが、
 ガン無視しておいた。誰が履くかッ。

 ニーナが床に広げていった服は……おお!  かわいい……!
 大人っぽくて、レースとかあしらわれているドレス。
 なんていうのかな……よくキャバ嬢とかが着てそうなやつから、ギャル系ファッション誌で取り上げられているモノっぽい服まである。
 組み合わせて着回しも利きそうだしこれはいい。ニーナ、下着はともかく洋服はグッドだよっ!
「ダセェ服ばっかりじゃねぇか」
……しかし、これはヴィルフリートの趣味ではないらしい。
 あの下着で喜んでいるくらいだから、こいつに服を選ばせたら最悪なことになりそうだ。

 その中から、ピンクの服に白いレースが使われている、ひざ丈のワンピースを選んだ。
 これは胸の部分がV字に大きく開いていて、
 腰の位置でシルクサテンのリボンが結べるようになっている。
 うん、かわいいかわいい。ただ、私が着てかわいいかどうかは置いとこう。
 そんな私を、じーっと見ていたヴィルフリート。
「何よ?」
「楽しそうだなと思ってな」
 そういうヴィルフリートは、なんで面白くなさそうなんだろう。
「こっちに来て初めて楽しい事に出会ったんだから、喜びもひとしおでしょ」
「どうせ後で毟り取るから、今何着たっていいけどな」

……今、恐ろしいことを言った。そういうことするのしか頭にないのかな。

 ヴィルフリートの視線から隠れながら着替えて、再び姿を見せると、ニーナは『あら可愛い』と褒めてくれた。なんか綺麗な子に褒められるのは気恥ずかしい。
 かくいうヴィルフリートは何も言わない。余程気に入らないらしい。
 最後にニーナが白いヒールとお化粧ポーチを出してくれて、再び感激する私。
 それにすらヴィルフリートは『要らないもんばかり出しやがって』とかケチをつけてくるんだけど、
 私に睨まれると、まだ口の中でブツブツ言いながら視線を逸らした。ヤな奴。

「あ、これ、肌に優しいとかつけたまま寝ちゃっても平気のやつだ」
 ちょっと高いから買えなかったけど、貰えるのは嬉しい……!  あ、これもかわいい色のリップ!
 おお……、肌用のお水まで!
「うん、持つべきものは女の子……でもさ、これ、私の世界の物――ちょっと待って!  これができるなら私戻れるんじゃん!!」
「戻れませんって。これは、正確に言うとルカさんの世界の物じゃないですよ。たぶん……並行世界のものです」

 並行世界ってなに、ってヴィルフリートに尋ねると、
 隣り合った世界のことで、文化や住んでいる人も似ているだとか答えが返ってきた。
「私に近い人もいるって事?」
「並行世界には『その世界の』お前が住んでる。そして、同じ世界に同じ人間は居られない。
 引き合わなくてもその世界に連れて行っただけで2人とも消えちまうのさ」
 うわ、怖い。
 そうか、同じ世界に移動できないなら『私』が住んでる並行世界に到達することがあるわけか。
 その世界はいっぱいあるらしい。

 ううーん……自殺志願者じゃないから……賭けに出て死んじゃったら最悪だし、無理したくはないな。これ以上怖いことは御免だよ……。

「いいから早くしたく済ませろ。主人に会いに行くんだろ」
「あ……そうだった。じゃあ、ちょっと待ってね」
 女の支度は遅すぎる、と、良く聞くセリフを吐いてヴィルフリートは壁に背をもたせ掛けて腕組みすると目を閉じた。

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