6.嫌よ嫌よはホントにイヤ

 男にいわゆる【お姫様抱っこ】された状態のまま、私は男と共にその部屋を出て、階段を下っていく。
「……人間用の風呂はないからな。俺たちの使っているものだ。
 それで文句言ったら風呂に入れさせねぇぞ」

 いかにも仕方ないと言った口調で話しかけてくれたにしろ、顔は……不機嫌そのものだった。
 じろりと凄みのある目で睨まれてしまった。

 うう、さっきはレディが間にいたからそんなに感じなかったけど……この人、怖いなあ……。

 でも、ここでビビってると思われたら後々相手の有利なように話を進められてしまうかもしれない。
 すっごく怖い、けど……私も負けじと睨み返す。
「ど、どんなものなの?  まさか水じゃないとか?」
 これ以上変な目に遭いたくないよ……。でも、男の人は『水は水だけどな』と言って、階段を降り切るとどこかに通じる扉を開ける。
 扉を開けた途端、空気の中にかび臭さが混じっているのを嗅ぎ取って、男の人は『臭ぇな』と顔を顰めた。
 あんたの家でしょ。掃除くらいしなよ……いや、私も部屋お母さんにまかせっきりだったから、大きいことは言えないけど。

「水って言ってもな、お前たちが普段使うようなものじゃないぜ。
 あの水はある意味綺麗で……浄化されてる。聖水じゃないにしろ、魔を寄せ付けにくいものだ。
 そんなもんを城中やら周辺に流してみろ。この瘴気も薄れるばかりか雑魚共なんか生きていられないし、他のやつらが攻め込んで来るぜ」

 どうやら、詳しく話を聞くと水は人間の世界から流れてくるようだ。
(人間の住むところは地上で、魔界はいわば地下にあるんだって。
 ちょうど地上と地下の間に水は流れていて、それをみんなは引き込んで使っている。だから、元々水は綺麗なんだそうだ)
 自分たちが使うためにわざと瘴気を流して汚してから使っているとも答えてくれた。
「その綺麗なままの水を、他の方法で引っ張ってこれないの?」
「おいおい……人間も連れてこれないほど減ったこの魔界で誰が作業するんだよ。
 作業する片っ端から死ねって言ってるようなもんだぜ」
 そうだった。水が綺麗だから、一般的に言うザコは耐えきれずに死んじゃうから触れないんだっけ。
「……水ってそんなにきれいなんだ……」
「人間たちにゃわからねぇだけさ。俺ぐらいの悪魔ですら、焼けたりしないまでも、軽くピリピリ感じるぜ。
 何日も浸かってるわけじゃねえから構わないが」
 入れないわけではないが、風呂に入るのに気張りたくねえ――という言葉に、確かになあって頷いた。

……ていうか、忘れてたけど。私なんでこの人と和やかに話してんの。
「あんたねっ、私に酷い事しておいて反省もなく気安く話しかけないでよ!」
「お前が不安そうな顔して俺にしっかり縋り付いてるからだろうが!
 そんなに怖ぇならって気を向けてやりゃ、生意気なこと言いやがる。うるせえと口塞ぐぞ」
 縋り付いてなんかいない。そう反論しかけたけど、確かに私は、この男の首にしっかり腕を回して抱きついていた。
 しかも顔だって近い。近いっていうか真横。

「……好きで抱き着いてるわけじゃないし。歩けるならもう歩いてる」
 腰っていうかアソコっていうか……とにかくそのあたりが裂けたみたいに痛くて(まぁ裂けた大事なものもあるけど)
 しかも、私ドロドロだから歩くと床に零れるっていうか……何が零れるとかは考えたくな――…いや、ダメだそれは!!

「ちょっと!  そういえばあんた私の……っ、な、中に勝手に!
 妊娠したらどうしてくれるのよ!?
 私絶対悪魔の子どもなんか産みたく――む……」
 言い終わらないうちに、男の人は嫌そうな顔をして私の言葉を唇で塞いできた。
 一瞬、頭が真っ白になる。
 男の人の唇のくせに柔らかくて、気のせいか、香水とかつけてるのか……ちょっといい匂いもする、気が。

 私が黙ったのを確認して、男は唇を離した。

「……ったく、耳元でギャーギャーうるせえ女だ。
 だいいち、お前が望まないならガキなんざ出来ねえから安心しろよ」
「そう言われても、心配だもの。だって……まだ洗ってない」
「今からちゃんと洗ってやるって言ってんだろ。人の話聞けよ。あと、俺は『あんた』なんて名前じゃねえし」
 私だって『お前』って名前でもないし、仲良くもない男にそんな風に言われたくない。
 そう言いかえすと、鼻で笑われた。しかもその顔も、妙に私を小ばかにしている。
 絶対見下してるな、この人。

「名前は?」
「私?」
 俺とお前以外、他に誰がいるんだよというツッコミが入った。
 だけど、私に聞いたのか他の人の事かわからないじゃん!!
「……塩澤瑠伽(しおざわるか)」
「ル……カ?」
 いきなり呼び捨てされるのは気に入らないけど、瑠伽だよ、という意味で頷く。
「……ヴィルフリート……。覚えられなければヴィルでいい」
 非常にそっけなく、ヴィルフリート……とかいう名前だった男が答える。
「ルカ、か。我が主人と同じ名前だな」
「……奇遇だね」
「そうだな。ま、どっちみち、お前も諦めろ。俺とは離れられないんだしな」
 死ぬまで?  と驚いて聞き返すと、とりあえずそうだろう、とヴィルフリートは言い切った。

 ちょっと、何……それ。

「お前処女だったんだろ?  悪魔はなぁ、気づかずにそれをブチ破っちまうと、契約ってのがすげえ大変なんだよ。女悪魔と童貞の場合も同じな」
「ぶち……、そういう、乱暴な言葉使わないでよ。奪ったとか言ってよ」
「同じだろ。何今更恥ずかしがってんだ」
 恥ずかしいに決まってる。セクハラなんてもんじゃないよ、こいつ。
 そして、もっと恥ずかしいことに、まだこの通路は続く。つまり、ずっと抱えられてるわけ。
「まだなの?」
「もうちょっとで着く。暇なら寝てろ」
 寝てられないッつの。
 渋々黙った私を抱えて5分ほど歩いて、お風呂場に到着した。

 ようやくお風呂入れる。
 降ろされてそう思った私の目の前で、何故かヴィルフリートは服を脱ぎ始めている。
「……なに?  なんであんたが脱ぐの?」
「一緒に入るからに決まってるだろ。バカか」
 至極当たり前にヴィルフリートは言い放つ。

 ちょっと。冗談じゃないよ。
 絶対に嫌だ、出てけと喚きたてる私の事を見て、その顔は凶悪凶暴に歪む。
 とうとう我慢の限界に達したのだろう。
「あーもう、面倒な女だなっ……!  処女だって気づいたら手なんか出さなかったぜ!」
 言うなり私の服を乱暴にはぎ取ったヴィルフリートは、裸の私を抱え上げると、浴室の扉を開けた。

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