46.孤高の狩人

 紆余曲折あったけど……。
 クルースニクでいる事の代償(?)に、私の側にいてくれることとなったクライヴさん。
 しかし……ヴィルフリートの手口が、本人的に納得できない所もあるせいだろうか。
 以前にもまして私の顔を見ようとしない。
 確か、副作用で私を性的に意識してしまうから……だとかヴィルフリートから聞いたけど、本当なんだろうか。
 それが例え全てウソだったとしても。
 クライヴさんが自分から不幸な最期を迎えようとしなくなった事――それは嘘偽りなく嬉しい事だった。

「クライヴさん。まだ体調は戻りきってないと思うから、くれぐれも無理なんかはしないでね」
 私が居間に入ると、既にクライヴさんは窓の側に腰かけていて、吸血鬼の気配を探っているらしかった。
 笑顔でクライヴさんに挨拶したけど、やっぱりクライヴさんは私を見ようともせず、『心配はいらない』と答えた。
「身体の重さや不調は感じないんだ」
「……でも、また寝てなかったりするでしょ?」
 クライヴさんがクドラクにつけられた傷は、首輪の仕組みによってその日に回復できたけど、無理して良いってわけじゃないと思うし。
「睡眠時間は確かに減ったが、不思議と疲れや眠気はない。
だが……君の意見にも頷ける部分がある。
管理も大切な仕事だ、余裕があれば昼寝でもしておこう。食後の仮眠は気持ちいいしな」
 と軽い冗談……だろうか。お昼寝の話を持ち出してきていた。
「クライヴさんも冗談を言えるんだね」
「君には、真面目なことをいっても無駄なようだったからな」
「……どうせ、ばかですよ」
「そうは言っていない。似たようなものだとしても」
 ぷくっと頬を膨らませていると、クライヴさんは目を細めて小さく微笑んでいるような顔を見せた。

……! クライヴさんが笑った!! 生意気なこと言ったけど笑ってる!!

 私に笑いかけたよ! これは魔界を揺るがす大事件だよ!!
 クライヴさんの笑顔は、ルシさんのように安らぎのあるものではなく、ヴィルフリートのように自信たっぷりのものでもない。
 新緑のそよ風みたいに爽やかで、儚げな笑みだった。

 つまり――思いの外かっこよかった。

 いや、クライヴさんは格好いいよ! すごいイケメンだってわかってるよ!
 ツンがなくなって……いや、デレてなかったにしても、突然の笑顔なんて見せるから不意打ち過ぎてドキドキしてきた。
「……?」
 私の反応が変なので、クライヴさんは小首を傾げて不思議そうに見つめてくる。
 やばい、この人は警戒心がないと、こうも……こうも、ギャップ萌えを意識させる達人だったとは……!
「なんでもない! 気にしないで!」
 頬が赤らんでいくのを実感しながら、何も言われていないのに両手を前につき出すと、ぶんぶん振りながら後退していく。
 後方確認なんか当然していなかったので、自分の背中へ何かがドスッとぶつかる。
「わっ……」
 よろめきながらも振り返ろうとする私の肩へ、誰かの手が伸びてきた。
「人が目を離すとお前ってヤツは……この浮気者」
 若干不満そうな声の主はヴィルフリート。
 私の肩に置かれた大きな手に、少しずつ力がこもってきている。
 浮気じゃないよと否定したところで、私自身後ろめたい気持ちがあるのはなんでなんだろう。
「それに、こうしているクライヴは忙しいから邪魔するなよ。
変に話しかけて、気を散らせちまうと怖いぞ」
 別に話をするくらいどうという事はないと言った後で、クライヴさんは再び窓の外を眺めていた。
 また吸血鬼は襲いかかってくるだろうから、クライヴさんは気が抜けないようだ。

「クライヴさん。少し休まれてはいかがですか」
 ルシさんが3人分のティーセットをテーブルの上に置き、クライヴさんに声をかけた。
 私の肩を抱いたままテーブルに近づいたヴィルフリートは、カップの数を確かめる。
「……1つ足りなくねぇか?」
「ああ、ヴィルフリートの分でしょうか。
あなたはどうせコーヒーでしょう。自分で淹れてください」
 当たり前のように笑顔で答えたルシさんに、おい、とドスの効いた声を出しているヴィルフリート。
「じゃあ俺も紅茶でいい」
「では、自分のカップを持ってきてください。手で受け止めるなら構いませんが……どうせ味もよく分からないでしょう?」
「てめぇ……」
 今日はルシさんの毒舌が冴え渡っている。
 きっと、昨夜ヴィルフリートがルシさんの『番』を無視したせいだ。
「あ、クライヴさんは窓辺ではなく、こちらに来て座ってください」
――とルシさんが笑顔で告げると、クライヴさんはためらった様子を見せたが……小さく頷いて椅子を引いた。
 この人、ルシさんには素直なんだよなぁ。
 確かに、ヴィルフリートとルシさんと私だったら、ルシさんを信用するのはしょうがないところだけど。
 いや、この場合は……ルシさんに逆らってはいけないと判断したからかもしれない。
 私でも、ヴィルフリートとルシさんとクライヴさんだったら……だいたいの割合でルシさんの言うことを聞くけどね。

「みたところ、体調は問題ないようですね。
しかし……見張りくらいなら僕がやりましょう」
「自分の使命だから、代わってもらっては困る」
 ティーポットからカップに注がれていく紅茶を見つめ、クライヴさんは気持ちだけありがたく受け取ると付け足した。
「……クライヴさん。僕は前から伺おうと思っていたのですが」
 ご丁寧にミルクやシュガーポットまで並べながら、
 ルシさんはクライヴさんをちらちらと上目遣いで盗み見る。
 可愛いけど、男にそんなふうにするんじゃないよ、ルシさん……。
 私にも時々してくれるけど、その顔でお願いされたりすると断りにくいし。
 クライヴさんだって、きっと悪い印象を持っていないだろうから……って。
 決して嫉妬した訳じゃ……ないと思う、よ。

 私がそんな事を考えているなんて、2人とも露ほど思っていないんだろう。
 当然のように、何か、という顔でクライヴさんはルシさんへ視線を向けると、ルシさんは口を開いた。

「なぜ、クライヴさんは孤独になろうとするのかと思いまして」

 孤独。確かに、一人でいたい……というより、関わりを求めたくないとするような態度や発言もあった。
 すると、クライヴさんは『それは』と言葉を探すようにしつつ、ヴィルフリートの様子を探っている。
 その内情もこの悪魔は知っているのか、そうでないのか……。
 ヴィルフリートはクライヴさんの視線を受けつつも、角砂糖をひとつ指で摘んでは角砂糖の上に積み重ねていた。
 自分は感知しないという姿勢なのかな。
 再びルシさんのほうを見つめながら口を開きかけたクライヴさんだったが……『汚い!』とルシさんの叱責が飛ぶ。
 堕天使様がヴィルフリートの手を叩いた衝撃で、建設中の角砂糖タワーはガラガラと崩れていった。
「あっ!」
「食べ物で遊ばないでください!!」
「……」
 話を切り出すタイミングを失ったクライヴさんは、2人のやりとりを無言で見つめている。
「んっ、……んー……ごほん」
 私がわざとらしい咳払いをすると、ルシさんは理解したらしく頭を下げ、クライヴさんを促した。
「……わたしはクルースニクとして生きているし、人と関わる術を知らない。
『人間ひと』としての日常も、あったにはあったが……他から見れば『人間』ではなかったと思う」
 と、無表情でなんだか寂しいことを言う。
 それには、ルシさんも僅かに眉を顰めた。

 クライヴさんは、いったいいつからこんな風になっちゃったんだろう。
 いわれのない罵声を受けたかもしれないし、逆に言うことを鵜呑みにしたのかもしれない。
「……クライヴさんは、そう言うけど……
ちょっと動物に変身できるところを特技と思えば、私と同じ人間だよ」
 ふつーは変身しないけどな、というヴィルフリートのつっこみは無視する。
「人間……?」
 だが、クライヴさんの目はいつもの鋭いものに戻ってしまった。
「君は、わたしを人間だと思えたか?」
「だって、そうなんでしょ?」
「事実はそうだ。
しかしわたしやフォルカス、ルシエルが正体を教えなかったとしよう。
君はわたしが人間であると気づけたか? ――と聞いているんだ」
 確かに、そう言われてしまうと……きっと気づけなかったと思う。
 返事がないことを無言の肯定と受け取ったらしい。クライヴさんはそういうことだと言った。
「知識がなければ気づきはしない。
そして、村の人々が言うことは通説となり、正しかろうと間違っていようと伝わっていく……。
わたしたちクルースニクは吸血鬼がいなければ、化け物扱いなのだ」
「反論しなかったの?」
「しなかった」
「どうして!」
 そんなだから、誤解されるんだよ。
 物言いたげな私(実際あるんだけど)の顔を睨むようにしながら、クライヴさんは『無理だ』と言い放つ。

「人殺しと云われる人間が、人間(ひと)と認められる事などできるわけがないだろう」
「え……」

 驚きに目を見開く私に、クライヴさんは視線を背ける。

「……つまりはそういうことだ。言ったところで信じる者はいない」
 話は終わりというような態度で席を立ち、また窓辺に寄り添った。
 クライヴさんの表情は、座っているこの場所からでは見えない。
 きっといつもの無表情なんだろう。というのは予想できる。
 だけど、クライヴさんの心境は穏やかではないのではないだろうか。

 それに……クライヴさんは今……人殺し、とはっきり口にしたよ。
 ヴィルフリートなら、クライヴさんの事情を知っているはずなのに、ここでも何も言わないつもりなの?
 そんな私の言いたいことを見て取ったのだろう。
 ヴィルフリートは、背もたれにだらりと寄りかかりながら、勿論知ってるぜ、と言い切って紅茶を飲み干した。
「だが、俺の口からは教えてやれねぇな。そのうち分かるだろ」
 ルシさんは理由を知っているのか知らないのか、あるいはいろいろ弁えているのか……
 クライヴさんを心配しているようなのに、この話には乗ってこない。

……吸血鬼ならともかく。クライヴさんが、意味も無く人を殺すだろうか――……

 そして、私はハッとした。

 前に、ヴィルフリートが言っていたじゃないか。
『数十年前に、人間を殺したクルースニクがいる』って。

 それは、幼い頃のクライヴさんだった……って事……?

 否定しようと思う気持ちと、何か薄ら寒くなる気持ちが入り交じって、私は急に言葉が出なくなる。
 確かに私の住んでる時代なら……たいした意味もなく人を殺すって事件もあるけどさ。

 事故とか、理由があったに違いないよ。本人が言わないんじゃ確証もないけど、私はクライヴさんを信じたい。
 と、淹れてもらった紅茶を飲みながら自分の気持ちを整理したところで、なんとも微妙な空気になってしまったな。と思う。

「……さて。メシ食ったら、朝の鍛錬でもするぞ」
 ヴィルフリートが立ち上がって私へと投げかけるが、今日はまだ体もだるいしさぼりたい。
「今日は体がだるいから、少し軽いメニューにしたい……むしろ休みたい」
「――あ?」
 正直に言ったのに、ヴィルフリートはじろりと睨みつけてくる。
 いやだわ、怖いわ! この人特訓大好きすぎるよ!
「だって……。あんなにみっちり毎日しごかれ続けてるんだよ!
手とか足が筋肉でパンパンになっちゃうよ」
「十分太いから大丈夫だ」
 うぐぐ、ぐさっとくる。
「大丈夫です。体力を付ける為にも重要な鍛錬ですよ」
 ルシさん、悪びれもないのが時折辛い。
「や、やだ! もうちょっと寝たい! あんまり寝てないし……」
「訓練終わってから寝ればいいだろ。その方がゆっくり眠れる」
 何言っても無駄だわぁ……。がっくりとうなだれた私を引きずるようにして、ヴィルフリートは鍛錬場へと連れていくのだった。

 あ! 私……まだ、ご飯食べてないよぉ……!!



 あれから数日、クライヴさんは朝に吸血鬼探索を行い、昼はクドラクの寝床を探し、
 夜は私の夢に入るというスケジュールをこなしている。
 自主的とはいえかなりハード。これ仕事だったらブラックすぎるでしょ。
 おかげさまでクライヴさんの寝る時間は、やっぱり……ほとんどない。
 また倒れるんじゃないかと思いきや、クライヴさんは不思議と顔色も悪くない。
 彼曰く『血さえ貰っていれば割と大丈夫なようだ』とは言うものの、本人でさえよく分かっていないらしく、自分自身でもなんで大丈夫なのかと不思議そうにしていた。

 そう、血をあげるため。
 今日初めてクライヴさんの部屋に入ってみたけど、本当に簡素極まりない。
 仮住まいのつもりだったのもあるんだろうけど、部屋の中には荷物を殆ど入れていない。(倉庫みたいに使っていたけど、それは違う部屋に搬出したんだよ)
 寝るためのベッドと、荷物や多少の着替えが入ってるクローゼット……あとは小物を置く机しか使っていないみたいだ。
 で、私は机に備え付けの椅子、クライヴさんはベッドに腰を下ろしている。
「……通販で何か発注すればよかったのに」
「わたしに必要なものは特にない」
「服とか」
「何着かある」

……。あまり、着るものを選ぶとか、小物にこだわるとか、そういう意識はなさそうだ。
 まぁ、クライヴさんは『モテたい!!』とか関係なさそうだもんね。
 ちゃんとオシャレすれば今よりずっと格好良くなりそうだってのに。
 勿体ないわーこんなにイケメンなのに……。まじ勿体ないわー。
「……今度、なんか見繕うよ」
「不要だ。君のように変な服を着せられたくない」
「へ、変?」
 普通のシャツとブルーのボトムなんだけど。ニーナが大型安売りチェーンで買ってきてくれたやつ。
「今日の服ではなく……フォルカスが君に買うだろう」
「うわあああ、あ、あれは違うよ! あれはあいつが勝手に……!! 着てないから!!」
 クライヴさんが指摘したのは、いかがわしいコスプレ衣装の事だ。
 胸元が大きく開いた、パイロット風スチュワーデスさんとか、裸にネクタイのセクシーなポリス服とか。
 厭らしい、とルシさんにすらディスられてたけど、そういうルシさんは私に修道服を着せるのがお好きなのだ。
 あれもコスプレという事を知っているんだろうか。
 あれはルシさんやクライヴさんの認識では別なんだろうか。別なんだろうな……。

「……と、とにかく。ああいう趣味はないんで。っていうか、着てるとこ見たことないよね?」
「ないけれど……」
「……けど?」
「…………買ったそばから居間で広げられるから見えてしまう」
 あーあ。ヴィルフリートのせいで、余計な誤解を生んでいたじゃないかよ。
 私は必死に、あれはヴィルフリートのイカレた趣味であって、決して私の趣味ではないというのを説明した。
 クライヴさんにとってはどっちの趣味だろうがどうでもいい事らしく、適当な返事をするだけだったけど。
 と、そんな事より……クライヴさんへ儀式を行わなければ。
 私が安全ピンを取り出し、恐るおそる指に刺すのを見ていたクライヴさん。
「こうした方が痛くない」
と、安全ピンを持っている手を軽く叩いた。
「ぎゃ!?」
 サクッと刺さるピンに驚いたけど、確かに痛くはなかった。
「これは痛いと思うから、頭で痛みを思い出す。針は細いから、さほど痛くないんだ」
 なるほど。注射も想像しているものより痛くないことが多いから、それはあるかもしれない。

「……じゃ、いきますよ」
 ベッドに座ったままのクライヴさんへと近づき、例のチョーカーに指を近づけた。
 チョーカーの珠に血を垂らすとき、クライヴさんは苦しそうな顔をする。
「……血の匂いのせいか、気を張らないと精神がざわざわする」
 まるでクドラクみたいだ、と吐き捨てるクライヴさん。
 こんな少量の血でさえ、分かるみたい。
「吸血鬼倒す時には、血の匂い大丈夫なの?」
「そういえば……大丈夫だ」
「なのに、これはダメなんだね……」
「…………」
 あ、黙っちゃった。
 ついでに、沸き上がる欲求(性欲って言うのかな)すら、押し隠そうとしていた。
 なんで分かるのかって? だって、急にクライヴさんの体温が上がるんだよ。息遣いも荒くなるし。
……あっちも、その、反応してるから。

 またそれが気まずくて。見るなとか言われるし。放っておいて収まるならいいけど。

「……あのさ、我慢……しなくていいよ……」
「嫌だ。欲望に溺れたくない」
 と、強情な姿勢を見せる。本当に嫌なんだなぁ。
 でも、こうして血をあげるのとエッチなことするのって、なんかワンセットみたいなんだよね……。

「このチョーカー、いったいどうなっているんだろうね。
どうして……クライヴさんの精神と繋がっちゃってるんだろう」
「は……ッ、知らな、い……!」
 血を与えたばかりの珠を指でなぞると、クライヴさんが顎を仰け反らせて呻いた。
 反射的に手を引っ込めてしまった私は、思わずクライヴさんの様子を注視する。
 シャツのボタンはかっちり留められているわけではなく2つくらい開けられていて、呼吸をするたびに大きく上下している。
 細いわりに筋肉質な身体は、既にうっすら汗をかいていた。
「急に触らないでほしい……」
 クライヴさんは、私に恨みがましい事を言って、視線を背ける。
 うっすら開かれた唇からは、切なそうな息が吐き出されていた。
……なんていうか、すごく色っぽい。
 ヴィルフリートは肉食獣を思わせる……ワイルドな男性の色気というか、そういうものがあるんだけど。
 ルシさんは、その大いなる包容力と慈愛の心……そして時々豹変するギャップがある。
 でも、クライヴさんは彼らと違って……儚さがある。

 ルシさんとは違う清らかさがあると思う。
 ルシさんは、そうだなぁ……神聖過ぎて触れちゃいけないものだった感じがあった。
 クライヴさんは触れてみたいけど、触れたら消えてしまいそうなんだ。
「ああ……クライヴさんは、雪みたいなんだなぁ」
 思わずそんな感想を述べると、彼ははっとして目を伏せた。
「雪は嫌いだと言ったはずだ」
「ん……。でも、そう感じたから」
 ぎこちなく笑いかけると、それに反応することなくクライヴさんは目を閉じた。

「……雪とわたしが似ている、か……。
そうかもしれない。いつも、忘れたい出来事が起こるのは、雪の日ばかりだった……」

 忘れたい出来事。クライヴさんの過去は、私には想像もつかないほど辛かったのかな。

「……もう、出ていってくれ。君が就寝するまでは時間がある。その間に少し寝たい」
「……でも」
 処理はしないでいいのかな。
 私が示唆した事がわかったのだろう、クライヴさんは不要だと首を振る。
「そういう気分じゃない」
「気分でどうにかなるの?」
「なんとかする」
 きっぱり言い放つクライヴさん。
 自分の意志と関係なく性欲を持て余しているのに、すごいな、この人。どっかの誰かに見習わせてやりたいよ。

 それじゃあ、とクライヴさんの部屋を出て、自室に向かう廊下を歩いていると……。
 ドアを勢いよく開け放ち、剣を握って怒りの形相で出てきたクライヴさん。
 何があったのかと思えば、私に近づいてきて腕を掴んだ!
「ひっ!?」
――何!? 私なんか逆鱗に触れた!? やっぱりした方がよかった!?
 そのままクライヴさんは、私を自身の胸に抱き込んできた!
「いいか、わたしから離れるな……!」
 耳元で囁かれる真剣な言葉に、私は急に心臓の鼓動が速まるのを感じた。
 ちょ、ちょっと積極的じゃないのクライヴさん……!
「クライヴ!」
 すると、目の前の床からヴィルフリートがこれまた恐ろしい顔つきで現れた。
「クライヴさん、ルカさん!」
 階下からも、ルシさんの声が聞こえるし、あわわ、また修羅場が……!!
 ルシさんに刺されて、ヴィルフリートにくびり殺される惨殺エンドを脳内に思い浮かべていると、
 クライヴさんがヴィルフリートとルシさんに『わかっている!』と声を荒げていた。
「いやああ、殺さないでください~!」
 情けない声を出す私に、落ち着けとクライヴさんが言い聞かせ、クドラクの気配が間近にあると説明してくれた。

 あ、そっちだったんだ。私自意識過剰すぎるんだろうか……もうだめだ、穴があったら入りたい……。

――え。クドラクがいる!?

「ちょ、それ本当なの!?」
「ッ!」
 がばっと顔を上げた私に驚いて、クライヴさんが反射的に上半身を反らす。
 目の前には、クライヴさんの顔があって……そうか、そうしないと、キスするみたいな体制になっちゃうからか。
「……な、なんだ? 近すぎないか?」
 何急に困ってるんだよ、もう。それどころじゃないよ。
「クドラク、どこ?」
 今探しているというクライヴさんだが、チラチラ私を見ては眉を寄せる。
「……気が散る。フォルカス、引き取ってくれないか」
「はいはい。だってよ、ルカ。ふられちまって残念だったな」
 ぐっと私の肩を引き寄せるヴィルフリート。
 私を引っ張ったのはクライヴさんからじゃないか。
 不満そうな私に落ち着けと言い聞かせてから、ヴィルフリートも目を閉じた。
 これは、探知をしているのかな。
「……あの野郎……! よりによって!」
 カッと目を開いたヴィルフリートは、憤りながら行くぞとクライヴさんを煽る。
 私の手を痛いくらいに引っ張って、走りながら向かっていったのは……。

 私の部屋だ。

 クライヴさんは思い切り扉を蹴りつける。
 分厚い扉のはずだったけど、クライヴさんの必殺キックには耐えきれなかったらしい。
 破砕音とともに、蝶番は留め金とともに外れ、ドアは蹴りを入れたところを中心にして『く』の字に折れて吹き飛んだ。

 修理、してもらわないとな……。

「……ようやく追いつめたぞ」
 壊れたドアを踏みしめ、クライヴさんは地の底から響くような声で(まぁここも魔界だけど)凄んだ。
 私がその後ろからのぞき込むと、私のベッドの上には……そう、あの変態電波吸血鬼、クドラクが足を組んで座っていた。
「ちょっ、あんたなに人のベッ……モガッ」
「静かに!」
 ルシさんが素早く私の口を手で塞ぎ、ヴィルフリートと一緒に部屋の外へ引っ張っていく。
「だって、ベッドに~……汚れるっ!」
「よしよし。我慢しろ、また新しいの買ってやるから」
 激昂する私の頭を、優しくナデナデしてくれるヴィルフリートは、ハァとため息をついて『どうせ部屋はブッ壊れるから』と言った。
 えええ……。ちょっと、せっかく買ってもらった洋服とかそういうの、全部なくなるの?
「また、買い揃えましょう……」
 悲しげな顔をする私に、ルシさんも同情してくれたようだ。


「クルースニク、その姿は一体……何故貴様は我が下僕となっていない?」
「貴様に理由を話して聞かせる必要はない!」
 そうしてクライヴさんは剣を抜き放ち、構えた。

「20年前から続く貴様との因縁……今ここで断ち切ってやる!」
 すると、クドラクは大仰に肩をすくめた。
 20年前って……。
「え!? クライヴさんとこいつって、そんなに昔から知り合いなの?」
 すると、クドラクは私を見つめてニヤニヤし始めた。
……いつもの事だけど、相変わらず気持ち悪いな。

「知らないのか、娘よ。
このクルースニクは呪われた血と魂を持つ者……。
この男と共に暮らせば災いが訪れると、村人たちには忌み嫌われていた」
 クライヴさんが言ってたことと、内容はそう変わらないようだ。
「人殺しのクルースニク……という呪われた運命(さだめ)
そんなお前を我が救済してやろうとしていたのに」
「救済? 貴様にそんな慈悲があるとは思えんな!
わたしが貴様にくれてやるのは……死という永遠への誘いだ!
塵すら残さず、死の吐息を受け入れるがいい!」
……厨二病みたいな台詞を吐いて、クライヴさんはクドラクへ向かって駆けだした。

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