43.決意表明

 クライヴさんの容態は、芳しくないどころか非常に悪かった。
 まず、クライヴさんは人間であって人間ではないこと。
 人間用に作った薬では効き目が弱く、かといって悪魔でもない、天使でもないという中途半端な属性(……っていうのかな?)なので、ちょうどいい塩梅が、ヴィルフリートにも初回ではよくわからないのだという。
(ヴィルフリート曰く『クルースニク用の配合は、フォルカスの過去にも例がないからな』とのこと)
 ましてやこんな大怪我じゃ、無闇に使えないのだそうだ。
 そうしたらルシさんの出番ではないかと思って期待したんだけど、この万能属性の人も『僕には無理です』と、信じられないような言葉を発した。
 理由を尋ねると、クライヴさんはクドラクに噛まれてしまっているから。
 ただ血液を搾取するだけではなく、傷口からクドラクの魔力と血液が注入されているらしい。
「……とにかく、僕の力では何もして差し上げることができません。
侵食効果を遅らせようにも、水で薄めた聖水ですら激痛を伴うようですから……」
 ルシさんが回復魔法を唱えると、クライヴさんは身体に入れられた悪しき力のせいで、回復どころかますます体力を奪っていってしまうのだという。

 リネン類を新しく換えたベッドに傷ついた身体を横たえ、こんこんと眠り続けるクライヴさん。
 身体には包帯と僅かばかりの薬草をすりつぶして湿布状にしたものを貼り、首筋の傷はガーゼを押し当て、半透明の医療用テープで留めてある。
「……打つ手がないってこと?」
 私はその青白い顔を見つめながら、力なく二人の従者に訊いた。
 彼らもまた、沈黙という返事で応じる。
 でも、二人とも不本意なようで、表情も明るくはない。
「……クライヴさん、どうなっちゃうの」
「このままだと、こいつも……クドラクになる」
 僅かにためらった後でヴィルフリートが抑揚のない声で教えてくれたが、その答えは半ば予期していたものだったので、やっぱりな、という気持ち半分、でも、やっぱり信じたくないっていう気持ちも半分だった。
「クドラクが、夢渡りは凄く人間には負担になるって言ってた。
それを繰り返していたから、クライヴさんは……」
 私を守ろうとしてくれたのに。
「夢の中なのに、どうしてこんな……ひどい……」
「……夢渡りってのは、己の精神を対象の夢に滑り込ませる事が出来ることなんだが、
対象の夢に複数入っている場合は、より強く念じなければいけないと、ニーナが言ってたぜ。
同様に、夢から自分の肉体へ帰ってくるためにも、
精神をより強く肉体と結びつける必要がある。
その状態だと、夢で受けた傷が現実でも起こり得るし、夢で死ねば――実際死ぬ」
 真面目くさった顔で一生懸命語ってくれるのだけど、
 どうしよう、あんまりよくわかんない……。

「夢渡りの最中は、肉体と精神の同調を強めなくてはならないので、夢でも現実でも関係なく、怪我をするのは危険だという事です」
 ルシさんの解説でようやく分かった。
 こくりと頷くと、ヴィルフリートは『きちんと理屈を教えたのに』などと不満そうな顔をしていた。
 ごめんなさい、出来の悪い頭なんで……。ほんとごめんね、ヴィルフリート。
 とにかく夢でも、現実でも何かされたら……。

「……ん?」
 あれ、なんかおかしいぞ。
 首を傾げる私に、どうしたんだとヴィルフリートが問う。
「だって、これが夢渡りのせいだったとして……クドラクは城の内部にいたってこと?」
 私は前に、お風呂場であの変態に捕まった事がある。
 そのときは、ルシさんもヴィルフリートも気づくことができなかった。
 そして、もしかしたら今回、ルシさんが『何か変な気配がする』って言ってたのがクドラクだとしたら。
「ヴィルフリートに関知できないように、巧妙に隠れることもできるっていうのは困るなぁ……」
「……これでも、幾分精度は上げたんだぜ。
あいつらはじわじわと自分の身体を霧と化す事も可能だし、
瘴気と混同させ、一気に実体化して対象を襲う、ということもできる。
そんなことができるのは、ごく一部なんだが……もう少し別の方法で対処法を模索する必要があるな」
「霧と一体化……そういえば、夢でもそうしてたけど。
だったら、瘴気に紛れて私を直接襲う方が効率的じゃないのかな……」
 決して襲われたいわけじゃないよ。
「お前が一人になっている時間、この家でどれだけあるんだよ。常に昼間はクライヴが内外に目を光らせているし、クドラクだって多少は寝るだろ」
 だから夢の方が都合いいはずだと言ったところで――おう、と声をあげた。

 ヴィルフリートは、ベッドの方に視線を送り、起きたかと軽い感じで声をかける。
「クライヴさん!」
 ベッドの側へと駆け寄ってみると、彼は目を開けて私たちの顔を見つめていた。
「大分寝ていたようだ。もう、これ以上は寝ていられ――うッ……!」
 話しながら身じろぎしたが、何せクライヴさんは重傷。
 寝返りを打つことすらままならないのに起き上がろうとしたらしく、想像を超える痛みに声を押し殺して耐えている。
「まだ動かないでください……傷口は縫合しただけなんですから、無理に動くと開きます」
 ルシさんがクライヴさんを制止しようとするのだけど、クライヴさんは大丈夫だと言って聞き入れようとしない。
「大丈夫なわけないよ……!  血だっていっぱい出てたし。血液型分からないから、輸血もできないんだよ……」
「ユケツ?  血液型?」
 クライヴさんが不思議そうに訊く。あ、どうやらよく知らないみたいだ。
 そうだよねー、クライヴさんはたしかこの世界の人間なんだ。ていうかこの世界、私の世界でいえば何世紀くらいの文明なんだろう。
「ええと、クライヴさんの血液が……失ってから身体の中に足りていないから、クライヴさんに最適な血を他から持ってきて入れる……っていう……」
「なんだか分からないが、今のわたしにそのような処置は無駄だ」
 しどろもどろに説明したけど、あんまり分かってくれていないようだ。説明下手すぎた。考えてから喋ったら良かった。
 痛みのせいで額に脂汗を浮かべているクライヴさんは、包帯が巻かれた脇腹を押さえつつ、ベッドから上半身を非常に緩慢な動作で起こす。
「無理だよ、少し体力の回復を待った方がいいよ」
「――回復?」
 私の言葉に、何か気に障ったことでもあったのだろうか。
 クライヴさんの口調は、なんだかいつもよりキツい。
「バカなことを言う……。
わたしに、血液を入れ直したところでクドラクと化すのは止められない。
もう、それは既に始まっている。持って一週間といったところだ。
噛まれていなければ、それも考えたかもしれないが――君はあのクドラクに襲われるに違いない。
そうならないとしても、傷の回復を待っている間に、わたしが吸血鬼クドラクになって君を殺すだろう」
 どのみち一週間程度の猶予しかない。そうクライヴさんは苦しそうに呟いた。
「でも、私にはヴィルフリートやルシさんがいるから、すぐにはやられたりなんかしない。
でも、クライヴさんがこんな状態で無理したら死んじゃうよ!」
「もう死んでいるようなものだ……わたしが人であるうちに、使命は果たす」
 顔をしかめながら足を床につけ、生まれたての小鹿みたいに身体を震わせながら、ぎこちなく立ったクライヴさんは、自分の服を取るためクローゼットを開けようと一歩踏み出し――その場に倒れるように崩れる。
「クライヴさんっ!!」
「平気だ!」
 助けようとした私の手を振り払い、自力で立ち上がろうとしていた。見ているだけで辛くなる姿に、思わず私も顔をしかめてしまう。
 そんな私の肩を抱き、無言のまま自分に引き寄せたヴィルフリート。
 背中を軽くポンポンと叩いてくれた。もしかして、宥めてくれているんだろうか。
「クライヴ、お前、この一週間でクドラクと決着(ケリ)をつける気なのか?」
「当然だろう」
 ヴィルフリートの試すような口ぶりに、クライヴさんはノロノロと身を起こしながらはっきりと頷いた。
「それなら――お前が仕留め損なって、なおかつお前がクドラクになった場合はどうなる?」
 問われたクライヴさんは、まるでヴィルフリートを殺さんばかりに恐ろしい形相で振り向いた。
「ちょっと、ヴィルフリート!」
「俺は真面目に聞いてんだよ。ルカの前に俺たちが殺されるかもしれねぇからな」
 どうなんだ、とヴィルフリートも真剣に聞いていて、二人は無言で睨みあっている。
 ルシさんが止めてくれるかなと期待しながらそちらを伺えば、ルシさんまでもが二人の様子を静観しているだけで、手を貸そうとはしない。
……ヴィルフリートもルシさんも、ちゃんと最悪の事を想定して動こうとしているんだ。
 考えずともそれは生きるためには当然のこと。だけど、私はそれをしようとはしなかった。

 だって、クライヴさんが死んでしまうかもしれない。

 それは一番避けたい。だけどクライヴさんをどうにかする方法が無くて、クドラクも倒さなければいけない。
 どちらを優先するのか、ではなく、どちらも考えていかないとダメなんだ。
「わたしが完全にクドラクに変化することはない。それは誓う」
 お、おお……!  クライヴさんがはっきり口にした!  やっぱり、何か方法がある――……あれ?
 ヴィルフリートもルシさんも、何か嫌な表情を浮かべている。
「あの、なんでそんな顔するの?  吸血鬼にならないって言ってるのに」
「それがどういう意味か分からないのはお前だけだな。もう少し考えてくれよ」
 コツコツと頭のてっぺんを軽く小突かれ、口を尖らせた私に、ヴィルフリートはハッキリと、教えてくれた。

「クライヴは、完全にクドラクになる前に――自害する。例え、クドラクを殺せなくともだ」

 二人はそれを否定しない。
 殴られたわけでもないのに頭を強い衝撃が襲って、私は現実の重さに打ちのめされた。

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