34.天使様はチート

※ルカの視点に戻ります。
 ヴィルフリートが帰ってきて、私たちに話した内容っていうのは――
 この城から近いところに、就任した新しい魔王(エスティディアル?  だったかな?)のお城ができたこと。
 しかも、その魔王様とやらは女性で、なんとヴィルフリートの元カノらしい……。
「知らずに行ったらヨリを戻さないかと言われて、素気無く断ったら殴られた。俺もお前も許さねぇってさ」
 そういえば、よく見れば頬の一部が赤いヴィルフリート。ひっぱたかれた、んだろう……けど……。
「そもそも、どういう別れ方をしたのか知らないけど……なんで私も恨まれてるの?」
 関係なくない?  と言えば、ヴィルフリートは大いに関係があるから恨まれてるんだろ、と当たり前みたいに言ってくるけれど……。
「ルカさんに自覚が無くても、魔王には……欲しいものが手に入らないばかりか、何かしら癪に障ったのではないでしょうか。
 例えば……ヴィルフリート自身ですとか」
 ルシさんは、そう推測しながら私の手を握ってくれた。
「でも、ルカさんを好きだというので……愛情が憎しみに変わったとか」
 痴情のもつれ、というやつだろうか。
 それはなかなかに笑えない理由で、まさに明日は我が身、のような心境にもなる。
 いつかヴィルフリートとルシさんが、戦ったりしないことを切に願うばかりだ。
 そして、ルシさんの推理はだいぶ当たっているようで、ヴィルフリートも『まぁ、そんなところだな』とあっさり肯定していた。
 否定もしないというのは……ちょっと面白くない。
「……結局、あなたの男女関係がだらしないから……そういう要らないところで敵が増えてるんじゃないの」
「……君らが言うと、説得力がないな」
 うぐっ、今まで静かにしていたクライヴさんがぼそりと放つ鋭い言葉。
 ざっくり刺さっちゃう台詞に、私も従者たちも返す言葉がない。
「……とにかく、俺たちは……従わないと、エスティ率いる魔王軍に包囲されるわけだ」
 やれやれ、と言ってヴィルフリートが髪のリボンを引っ張って外す。
 空中で髪が解かれたためぱさりと髪が肩に流れ落ち、いつものヴィルフリートになった。
 それを見ていると、クライヴさんが睨むような眼差しで私とヴィルフリートに意見をするため口を開いた。

「……魔王に包囲されると言ったが、一体あちらは何を条件に出しているんだ?」
 あ、そういえばそうだった!  包囲されるって言ってたね……!
 すると、ヴィルフリートは頭をガリガリと掻いてから。
「俺を、エスティの部下として引き渡すこと。あとは……ルカに会わせること。この2つだ」
 そう聞くと、クライヴさんは口をへの時に曲げて難しい顔をする。
「……彼女を無事で帰すと思うのか?」
「帰さないという選択肢は与えないぜ。傷だって付けてもらっちゃ困るしな」
 ヴィルフリートは長い足をゆっくり組み変え、当たり前のように口にするのだが……。
「もし、それに応じない場合は……武力行使という事か?」
 クライヴさんはヴィルフリートの眼を見つめ、ルシさんの表情も曇る。
 ヴィルフリートもその空気を感じたようで、2人の表情を見た後、軽く頷きながら『そういうことだ』と言った。
「その場合、うちの主人はおろか……お前らの命も危険に晒される。出来ればそれは避けたい」
「ですが……そうなると、取るべき選択肢は1つしかないように聞こえるのですが」
 ルシさんの言うとおり……拒否をして私たちが死ぬ危険を回避したいとなると、条件には応じるしかない。
 でも応じれば、本当にみんな無事でいられるのかな。

 だいたい、魔王だか元カノだか知らないけどね、モノには順序とか準備ってのがあるでしょ。
 もろもろ、私としてはなんだか面白くない気分なわけで。

 それに。さっきのヴィルフリートの話しぶりと、今の内容。そしてこの一大事に落ち着き払った態度。
 元カノとヨリを戻すとか戻さないとか――そういう話から発展したらしいわけだし。
……クライヴさんは私の従者ではないから、本来全く関係なかったはず。
 ルシさんは堕天したとはいえ、まだ天使(ぽい外見)なわけだし、絶対に無事では済まないから捕まらせるわけにはいかない。
 私だってできれば死にたくないし、捕まったら……なんか、殺されるとしても楽には死ねない気がする。
 痛みに身体を蝕まれて、冷たい床をのた打ち回って死ぬの嫌だし。いや、勝手な想像だけど。
 なにより、そんなのをルシさんやクライヴさんに味あわせるわけにもいかない!
 そしてささやかな望みを言えば、ルシさんには少しでも幸せに暮らしてほしい。でもそうなると……私が生きていないといけない気がするし。

 でも、どうもヴィルフリートには危機的状況がない。

 相手はヴィルフリートの事を要求しているから……多分殺されることはない、のかも。
 欲しいからって――ヴィルフリートの事を手に入れるために……なんでこんな条件出すの……?

 クライヴさんやルシさんの様子を盗み見してみるけれど、2人は悲嘆に暮れたような顔をせず、
 ルシさんは少し困ったように眉を顰めるだけだし、クライヴさんは先ほどとは違い、いつも通りの無表情だ。
 私はそっと右肩の刻印に触れる。痛くはないけど、この刻印のせいでクライヴさんはここに残ってくれている。
 だから、早くあの変態をなんとかしなくちゃいけないのに、大変な事に巻き込まれちゃったね……。
「ヴィルフリート……つまり、私に協力してもらってるクライヴさんも危ない状況なんでしょ。
 だいたい、あんただけ『何も心配ない』みたいな顔してるけど、どういうつもり?

 どういう身の振り方でも元カノが引きとってくれるから安心って思ってるから?

 ふぅん、そーゆーコト……だから私にもあんな話したの?」

 我ながら刺々しい。自分でもこんなひどい言い方をヴィルフリートにしていることだって――嫌だ。
 八つ当たりだというのもわかるし、いつもは安心するその余裕の表情は、今はとても薄情に見える感情自体が嫌だった。
 言われたヴィルフリートのほうも、驚きに目を見開き『待て』と、身を乗り出した。
「ルカ、勘違いするな。俺はきちんと断って――」
「じゃあ、なんでわざわざ引っ越してくるの!?  なんで関係ないクライヴさんとルシさんも巻き込まれるの?
 なんでもう……拒否できないような状況なの?  あれも嫌、これも嫌……とかで、なんとかなる状況ではなくなってる!」
「それが強いものと弱いものの差だろ。それに、お前だけはなんとかなるように取り計らって――」
「私だけ助かりたいわけじゃないわよ!  なんで、他人事みたいに言うの?  結局……いらなくなったの?」
 そんな事までぽろっと口から出てしまって、ヴィルフリートもルシさんも、愕然とした表情をしていた。
 まだ思いの丈を出そうとする私の肩をクライヴさんが掴んで、若干力を込める。
「……もうやめろ。君の怒りや悲しみは察するに余りあるが……ヴィルフリートも良く計らってくれている。
 君は自分が思うほど不幸な状況ではないし、被害者というなればルシエルだってそうではないのか?
 糸口は何かあるに違いない。落ち着いて話し合おう」
 静かなクライヴさんの声音が、耳にすぅっと届く。
 彼の言う事も正しいってわかってるけど、今は私の頭も冷えないし心は落ち着かない。
 ただ、これ以上何かを言ってはいけない雰囲気だけは感じ取って……私は目を閉じてうな垂れた。
「…………ごめんなさい。少し休む……でも、私は絶対クライヴさんもルシさんも犠牲にさせないから。
 ヴィルフリートだって、手放さない」
 肩に置かれていたクライヴさんの手をそっと取って離すと、そのまま自室に戻ろうとして――私の事を心配したルシさんが席を立ってついてきてくれた。
 クライヴさんは、なんだか複雑そうな表情をして私を見送り、ヴィルフリートは……よく、見えなかった。

――最低だ、私。
 勢いもあったけど、いらないのか、なんてあんなこと言って。完全に修羅場の男女みたいだ。
 部屋の明かりを付けずに、ベッドに突っ伏すと……そっとルシさんが側にやってきて、頭を撫でてくれた。
 優しい手つきで撫でてもらうと、なんだか泣きたくなる。
「……大丈夫だよ、ルシさん。ありがとう」
「ご無理なさいませんように……。辛かったら、辛いと仰ってください」
 枕に顔を埋めて突っ伏していたけど、ルシさんの落ち着いた声が降ってくる。
 いつもの優しい表情で微笑んでいるのだろうと思うと、眼の奥が熱くなった。やば、泣きそうだ。
 きゅっと枕を掴んだ手に、ルシさんの手が優しく触れる。
「僕らのことを心配してくださった御心、本当にありがとうございます。
 ですが、ご心配なさらずに……いつものルカさんでいてください。僕等にはそれが一番安心します」
 私の近く、ベッドの上に腰掛けたルシさん。ベッドに新たな重みが加わって、ルシさんがそこにいることを実感する。
「……だって、嫌だ。魔王って強いんでしょ?  私、勇者じゃないから勝てないよ」
 涙声でそう言うと、ルシさんは『勇者は先着順ですよ』と小さく笑った。
「強いだけが勇者の資質ではありません。正しい心と、たゆまぬ努力、信念を貫く意志。それが勇者の心得だと思います」
 ううむ、ルシさんが言うと本当にそうだと思えるのが不思議だ。
「勇者ではなくとも、魔王を退けることは不可能ではないはずです。それは、後ほど考えましょう。
 今はルカさんの御心が静まるのを待つことが、僕には重要です……」
 そうして、ルシさんは黙る。私にあるのは、重ねられた手の温もり。
 ひどく不安定な中で、確かにあるのはその温かさ。
「……ここにずっといるの?」
「はい。主人が心細くなっていますから、御心を支えるのも従者の役目です。
 それに……僕自身が貴女の側にいたいからです」
 優しいルシさん。

『君は自分が思うほど不幸ではない――』
 外から私達を見ているクライヴさんの言葉が、ずしりとくる。

「……私はここに来てから、不幸な人間なんだ、って思ってた。
 だけど、ヴィルフリートもルシさんも、2人共優しくしてくれる。私の嫌がることは……時々意地悪はするけど、
 本当の意味での『嫌がること』はしなかった。
 それどころか、私楽しく暮らしてるんだよね……。クライヴさんに言われるまで、今まで実感がなかった」
 ルシさんは黙って耳を傾けてくれているようで、言葉を挟もうとはしない。
「……2人のお陰で、私は生きてるんだっていうのはわかってるけど……うん、やっぱり、2人がいるから楽しくいられる。
 誰だろうと私の大事な人を渡すことはできないよ」
 もちろん部外者の(というとアレなのだけど)クライヴさんも巻き込んでいるわけだし。
 むくりと起き上がって、暗い部屋の中でルシさんがいるであろう方向を見ると……ぼぅ、とうっすら明るくなった。
 見れば、ルシさんの手の中に小さい光球がある。
「暗いと互いの顔が見えませんから、眼に痛くない程度に」
 ルシさんの掌が頭上に差し出され、手の中に居た光球はルシさんが手を下ろしてもそこで静止している。おお、魔法だ。
 そして、私の顔にかかった髪をそっと払ったルシさんは、ゆっくり私を抱きしめる。
「僕も、ルカさんがいてくださって良かったと思っています。
 それに、こんなことを言いたくはないですが……
 僕自身ヴィルフリートが、ルカさんやクライヴさんを裏切るような事をする……とは思いません。
 だから、信じてあげてください。彼も、ルカさんの側に居たいと思っているのですから」
「どうして、ルシさんがそんなふうに感じたの?」
 思ったことを素直に聞いてみると、いつもの優しい微笑みを浮かべたルシさんは、ごく当たり前のように言った。
「見ていれば分かります。お気づきではないようですが……ヴィルフリートは、とても情に厚いですよ」
 まぁ、そうかもしれない。ルシさん連れてきてもすぐ怒りには来なかったし、
 クライヴさんがここに居たいといっても嫌な顔はしていなかった。
「もしかしたら、今まで永い間孤独だったからかもしれません。だから、この生活を楽しん――痛っ」
 急にルシさんが痛がって、バッと後ろを振り返る。
 しかし、そこには何もなく……ルシさんの翼から抜け落ちたであろう羽根が一本落ちているだけだ。
……あれ?  でも、ルシさんの羽根がこうやって抜け落ちているのは、城の中でもほとんど見たこと無いなぁ。
「……まったく……趣味が悪いですね」
 なぜだかルシさんはそのまま床の一部をじっと睨みつつ、痛かったようで羽根をさすっている。そういえば、痛いって言っていたし。
「ど、どうしたのルシさん?  大丈夫?」
「なんでもありませんよ。こちらこそ、驚かせてすみませんでした」
 そうして、ルシさんは自分の胸に私の頭を抱くと、羽根でふわりと覆ってくれた。
「ルカさん。あまり悲観なさらなくて大丈夫です。自信過剰に聞こえてしまうかもしれませんが、
 僕らはこう見えて、戦闘は得意です。文明の利器もありますから、囲まれたくらいでは問題ありません。
 それに、吸血種が多ければ……クライヴさんの特化した力が多大に発揮されます。
 並の悪魔であれば、ヴィルフリートが片手で払うでしょうし……僕に近づけば、塵と化すでしょう」
 優しい口調で随分なことを語るルシさん。確かに、ルシさんを捕まえるのにたくさんの悪魔が犠牲になったとニーナがいつぞや言っていたっけ……。
「……ありがと。それなら、あんまり心配しないことにする。頼りにしてるね」
「お任せください。皆さんの勇者にはなれませんが、ルカさんというお姫様のためだけの勇者であれば、喜んで」
 割と恥ずかしいことを、にこりと笑って口にできる天使様の破壊力は流石だった。チートだよね。
 しかも、この笑顔がね。ホントに困るんだ。
 一昔前の少女漫画にありそうな『王子!』っていう王道イケメンポジションで、可愛さもあって、大人の男の魅力もあるんですよ。
 神様は、綺麗なものを創りすぎ。私の事ももうちょっと綺麗に作ってくれたらよかったのに……。いや、それは、神様のお仕事ではなかっただろうけど……。
 もし、ルシさんとの子供ができちゃったら、是非ルシさんに似てイケメンな男の子がいいな。女の子でもきっと凄い美人になるだろうから――……って、何考えてんの私!
 それどころじゃないし!  そんなことを考えていられるって、私って結構元気なんじゃないの?  緊張感ないの?  バカなの?

 私を諭して、優しく包んでくださっているルシさんに申し訳ない気持ちになりながら、私は結局、心休まらない時間を過ごしたのだった。

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