31.事実上邪魔者は居ない

 自分とルシさんの食事を終えて、少し一緒に居たがっている(ように見えた)ルシさんだったが、
 私がやることがあるからと本当に申し訳なく断ると、
 では時間が空きましたら是非、なんて言って自室に戻っていくルシさん。……ほんと、ごめんね……。
 ルシさんは結構甘えたがりというか、甘え上手というか……あのイケメンスマイルでお願いされると、実に……実に断りづらい。
 妙にキュンとくるツボを突いてくるので、あれが計算ずくでないことを祈るばかりだ。
 うん、計算してあれだけのことをこなすとしたら……堕天使になってしかるべき存在であったろう。と私は分析する。

 で、私はヴィルフリート用にまた違う食事を作り始めた。
 さっきのお詫びも含めた意味でもうちょっと、手の込んだモノにしよう……。

 割と、こういうの作るのは嫌いじゃない。
 うちの両親は共働きだったし、そこそこの役職もあったみたいで毎日忙しかったから、食事の用意をしてくれないことが殆どだった。
 朝早く夜遅い、なんていうのは当たり前。
 学園の行事とかも、あんまり来てくれなかったかな。
 そんな感じで家族でどこか出かけた覚えは……あんまり無い。

 母親の手料理も、食べたのは数えるくらいかな……。
 朝起きるとテーブルの上にお金が置いてあって、これで食事をしなさいってことなんだといつからか理解していた。
 でも、別に愛されてなかったわけじゃないと思うよ。
 携帯がない時代なんかはいつもお金と一緒に、親の直筆メモがあったしね。
『授業参観ごめんね』とか『ご飯ちゃんと食べてね』とかさ。
 で、そうそう。ご飯なんかは最初コンビニとかお弁当やさんで買って食べていたんだけど、
 そのうち自分で作ったほうが安上がりなんじゃないかと思って、学校の図書室で料理の本を借りたのがキッカケみたいなものだった。
 おかげさまで、いろいろ作れるようになったしね。

 もう、そんなやりとりできないけど。
……私がいなくなったこと、気づいてるのかな。
 流石に気づいてるよね……。

……私のこと、家族は大事に思ってくれていたのかな。
 お母さんもお父さんも泣いてないといいけど……。
 そう思ったら、ちょっと苦しくなった。

 そして――ヴィルフリートの事も頭をよぎる。

 ヴィルフリートは、私にとってどんな人なんだろう。

 逆に、ヴィルフリートにとっての私って、なんなんだろう……。

……ヴィルフリートだけじゃなくて、ルシさんも。
 いつも柔和な笑みを向けてくれたり、本当に優しくしてくれるルシさんには、非常に感謝しているばかりか……(人として、だけど)愛しいとも思っている。
 でも、ルシさんは私のこと、本当は殺したいと思っていたりしないだろうか。
 だって、ルシさんは私が酷いことをしたせいで、天使じゃなくなってしまった。
 無理してないのかな……。

 ヴィルフリートだって、そうだ。
 私を疎ましく思ったりしていないか……。

 いろいろ本当のことを知りたくても、怖くて聞けないって……ちょっと、臆病かな。
……いや、いけないな、こんな事考えちゃ。
 ウジウジしちゃ、気分が重くなるし。
 今は料理を作ることに集中しよう。

 さっきのタマゴサンドとは違って、もう少しグレードアップしたサンドイッチ(ハムとチーズと野菜サンドだけどね……)を持って、
 私は2階に上がってヴィルフリートの部屋のドアを叩く。
「ヴィルフリート、食事持ってきたよー?」
 なるべく明るい口調で言ったのだが、返事がない。
「……ヴィルフリート?」
 寝てる……のかな?  もう一度ノックをして呼びかけると、ようやく扉が開かれた。
 でも、なんか貴族の上着(なんだっけ。あのジャケットみたいな……ジュストコール?)で、
 長い髪は軽くまとめられて、後ろで白いリボンによって結ばれている。
 うわっ……、いつも格好いいけど、今日は余計素敵に見えるなぁ……。
 と、これくらいの事なのにちょっとドキドキしていると、ヴィルフリートは申し訳なさそうに謝ってきた。
「――急に出かけることになった。夜まで戻れないから、朝の相手をしている時間がない。
 これでも飲んでおくか、ルシエルの側にいてくれ」
 と、白っぽい錠剤を私の掌に乗せると、私が持っていたお皿からサンドイッチを3つくらい掴んで階段を下りていった。

……いっぱい、作ったのに。
 そもそも、出かけるってどこに。いつも、家にいるのにさ。
「ていうかこの錠剤なに?  それくらい説明してよ……!」
 だが、もう行ってしまったらしい。
「もう……。どうしようこれ……」
 ヴィルフリートの部屋の前で、呆然と佇む私。
 私もご飯食べちゃったし、ルシさんだってこの大量のサンドイッチの処分に困るだろう……。
「…………厳しいな……」
 でも、お腹に余裕がありそうなのは、あの人しか居ないんだもん。
 私は意を決して、あの人の部屋に行ったのだった。
「……?」
 ドアをノックすると、すぐにクライヴさんは顔を出してくれた。
 が、私をみるとどこか嫌そうな顔をして『なんだ』と聞いてくる。
「これ。食べて」
 ずい、とサンドイッチを突きつければ、また『不要だ』なんて言うし。
「ヴィルフリートに作ったけど、どっか出かけるって言ったから。
 ルシさんは食事済ませちゃったし、あとお腹に余裕がありそうなのはクライヴさんだけだから」
「……自分で食べてはどうだ」
「私はルシさんと食事したから。手も洗ってから作ったし、変なものは入れてないから安心して」
 クライヴさんは、じっとサンドイッチを見て……ちらと私に視線を移し、わかったと言って皿を受け取ってくれた。
「……皿は片づけておく」
 そうして、すぐに扉を閉めようとする。
「ま、待ってよクライヴさん!」
 閉まりそうな扉を掴んで止めると、クライヴさんはいつもよりも僅かに目を見開いて驚いたような顔をした。
「ちょっと相談があるの」
「断る」
 即決ですか。ていうか、私もこれニーナとやったな。
 ドアを挟んでの攻防戦は、情に訴えたものの勝ちだよクライヴさん!  私はそれを前回学んだんだ!
「お願い、クライヴさん、話くらい聞いてよ。同じ人間でしょ……!?
 ていうか私をただの淫売だと思ってるのは何となく伝わってくるけど、別にクライヴさんを襲おうとか微塵も思ってないよ!」
 この際だから本音も言ってしまえ。
「……勘違いしていないか。
 わたしは、君が淫売だろうと貞淑であろうと全く興味がない!
 ただ、極力女性との不用意な接触は避けたいだけだ……女性は苦手、なんだ」
……おや、意外な返事。なーんだ。避けられてるには違いないけど、みんなにそうなら安心……ん?

「……私は別に偏見を持っているわけじゃないけど、
 もしや同性のほうがお好きなタイプ……?」
 もしかして……と、うっかりクライヴさんに疑問を投げかける。
「どこをどう解釈すればそうなるんだ。男には余計に興味がない」
 今度は、ホントに嫌そうな顔で『とにかく、愚痴ならルシエルにでもしてくれ』と言って、
 厄介払いのように私の肩を軽く押したクライヴさんは――……私に触れた瞬間そのまま、信じられないモノを見るような顔で動きを止めた。
「――……な」
「……?」
 私をまじまじと見つめてから、まだ穴のあくほど見つめ……バカな、と呟く。
 いや、バカとはよく言われますよ。でも、そんなリアクションとられるほどじゃないですし。
「あのー……?」
 おそるおそる声をかけると、クライヴさんはハッとして『すまない』と早口で謝り、今度こそドアを閉めて鍵をかけた。
……何だろ、どうしたんだろ。
 肩に何かついてたのかな。
 あ、肩にはそういえばあの変な刻印があったっけ。
 あの電波男につけられたものだけど、クライヴさんと何か関係があったのかな。
『おのれクルースニク!』
 あの変態、クドラク……とか言ったっけ。クライヴさんも変態に目をつけられて大変だなぁ。
……夢の中の声、あんまり覚えてないけど……私を呼ぶ声があいつだったらすごく嫌だな。
 あっ、クライヴさんに夢のこと確認するの忘れた。今更また聞きにいって、次こそ怒鳴られたら怖いからやめておこう……。

 忘れていたけどヴィルフリートからもらった錠剤を口に入れ、階段を下り始める私だったが……じわりと口の中に変な味が広がる。
 なんていうか……美味しくないのは薬だからしょうがないけど、この味……。
…………精液の味、だ。
 い、いや、違うよ!?  誰の味がわかるくらい飲んだりはしてないよ!?

 ただ、そのー……後味とか、喉に絡む感じとか……似てるなー、って……。
 どうやって作ったんだろ、これ……自分で採取してるのかな……。
 こんな便利なものがあるなら最初からくれればよかったのにと思う反面、
 錠剤を作るためにヴィルフリートが自身を慰めている場面を想像した。
……なぜか、全裸にあの俺様笑顔のところしか浮かばない……。もう少し色っぽく想像力を働かせられないだろうか。
 というよりも、ヴィルフリートが1人でそういうことをする、という事自体が思い浮かばない。
 なんか1人でするくらいだったら、女の子を呼びつけそうだしね。
……今は私がいるからしない……とも、限らないけどさ。前よりは回数も減ったし。私は2人分だから増えてるけど。

 ヴィルフリートはともかく、ルシさんだったらすぐに想像できるんだけどなぁ……。
 両手でぎこちなく、こう包むような感じで。
『ああっ……、ルカさんっ……!  こんなこと、いけないのに……!  でも、でも止まらない……!』
 とか、私の名前を呼びながら背徳感に苛(さいな)まれつつ、慰める手が止まらないルシさん。
 神様とか私に詫び、自身にすら言い訳をしながら青年はやがて性の快楽を――
「……ルカさん」
「ヒッ!?」
 急に声がかかって、私は飛び上がるくらいに驚いた。いや、ちょっと浮いたかも。
 慌てて声のした方を見ると、私の声に驚いたらしいルシさんが、半歩下がった状態で目を見開いている。
「……すみません、驚かせたようですね……。あの、階段で随分ボーっとなさっていたので……どうされたのかと……」
 自分の胸に手を置きつつ、ほーっと長い呼吸をすると、大丈夫だよと微笑んだ。
 あー、びっくりした。まさかのご本人登場だった。
「それならいいのですけど……考え事ですか?」
「え、あ……少しね。大したことじゃないの」
 真面目に大したことじゃないんで。ハイ。
 しかし、心配してくれているらしい基本心根の素直なルシさんは、相談に乗りましょうかと聞いてくる。
 そんなプライバシーの侵害というかセクハラを言われたら、ルシさん恥ずかしくなって逃げ出すかもしれない。
「本当に大丈夫だから……」
「……でも……ルカさんの悩みは聞いて差し上げたい……」
 なかなか食い下がってくるルシさん。優しいのは、時として残酷である。
 私はもういいからって言ったんだけど、ルシさんのこの顔は、何がなんでも目的をやり遂げようとしているようだ。
「……泣かないでよ?」
 私が話す気になったのが嬉しいらしい。こくこくと何度も頷いて、ルシさんは私が話し出すのを待っている。
 そんなに嬉しそうに待たれてしまうと、いざ聞いた時の反応が急激に下がるのが目に見え、心苦しい。
 おずおずと周囲を伺い、誰も居ないことを確認して……こっそりルシさんに耳打ちした。
 いや、誰も居ないとはいえ、大きな声で言える話じゃないし。クライヴさんが運悪く出てくる可能性だってある。

「ルシさん、1人で……したことある?」

「ええと……すみません、何をですか?」
 きょとん、と純粋な目をして私を見つめ返すルシさん。
 あー、そうだよね。わかんないよね、これじゃ。ルシさんはヴィルフリートと違うもんね……。
「……だから、1人で……身体を、慰めるっていうか……」
 つまり、そういうわけですよ。1人エッチするかってことですよ。
 ごにょごにょと消え入りそうになる声で教えると、暫くして突然思考が繋がったようだ。
 意味を理解したらしきルシさんは全ての動きを止めた。
 その後、おどおどとした態度に変わり……うむ、非常に困っている。
「……え、あの……。どうして、そんなことを聞くのですか?」
「知りたいって言ったから教えたんでしょ!?  そんなに困らないでよ!  こっちも困るよ!」
 えー、あー、とか、行事のたびに長話をする学園長みたいに、つなぎの言葉しか出ないルシさん。
 やがて、そんなルシさんは顔を赤くしたまま俯いてしまう。

「……すみません……何度か、しました……」
……どうしよう。しかもホントにしてたんだ……あんなにエッチしてるのに……。
 ごめんなさい、とまた謝るルシさん。私がやや引いていたのがバレたようだ。
「い、いいよ、別に私に謝らなくったって……!  お、男の人だし、性欲って我慢するのは大変だっていうし」
 はい、と素直に認めるルシさんだが、懺悔のつもりか聞いてもいないことまで喋り始めてしまった。
「……ルカさんを、いつも……その、妄想で汚して……ルカさんは、凄く嫌がっているのにだんだん僕を求めてくれて……」
「わああー!  も、もういいから!  ね!  怒ってないから!  もう言わなくていいから……」
 これは気まずい。かなり気まずい。やはり私は言ったことを後悔した。ウソついてでも違うこと聞いとけばよかった。
「と、とにかく、ルシさん、気に病まないようにね!」
 この気まずい場から足早に逃げようとすると、ルシさんが遠慮がちに『あの』と引き留めてくる。
「……ルカさんは、まだご用事が?」
「えー……と……ないような、あるような……」
 特に有りませんが、無いってはっきり言ってはいけない雰囲気になってるよ。
 だって、ルシさんの瞳は少し潤んでいるし、なんといってもヴィルフリートが出かけてしまっている。
 しかも、水を飲んだらルシさんのお部屋に遊びに行こうとしていたのも事実だったから……

 こんな話をした後だと、十中八九……脱がされる。

「ないのですか?」
「ないわけじゃなくて、あるわけじゃない……かな」
「……ありますか?」
「ありません!」
 ルシさんから『もう1度だけしか言わぬ』みたいな雰囲気が漂っていたので、死を恐れた私は正直に答えた。
「良かった。では、ルカさん。僕の部屋でゆっくり寛ぎませんか?  折角2人きりになれたので……」
 一応クライヴさんもいるんですけど。まぁ、邪魔をしてこないから実質2人きりなのか。
「……お茶出してね」
 満面の笑みを浮かべながら、ルシさんは私の手を引いて自分の部屋へと誘う。
 うう、なんか……ルシさんのデレは魅力が強すぎるんだよね。

 私、密室でルシさんと一緒にいて大丈夫なのかな。
 ちょっとした不安や期待を抱えながら、私はルシさんのお部屋にお邪魔することにした。

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