24.私は不運なのかもしれない

 まだ騒がしい城周辺。ルシさんに襲い掛かろうとする魔物もいなかったわけではないのだけど、
 私やルシさんの側には上級悪魔のヴィルフリートがいるものだから、無闇に突っ込んでくるような命知らずな奴はいなかった。
 そりゃね、きっと悪魔たちはルシさんの命、欲しいと思うのよ。天使には日頃の恨みとかも多大にあるんだろうし。
 でも、今のルシさんは拘束具を付ける前……ここに来た当初とほとんど同じような状態だ。
 瘴気は苦手なはずだけど……堕天したせいか、それとも……私と繋がっていることで、間接的に瘴気をある程度無効化できるようになっているのかはわからない。
 以前の苦しさは消えたと言うのだから、何かしら平気になってきたのだろうとは思う。

 そして城へ着くなり、ルシさんは早々に地下の自室――あの小部屋なんだけど、
 ルシさんが勝手にいろいろカスタマイズしていたらしく、綺麗で住みやすくなっていたりするばかりか、隣に礼拝用の部屋まで作った――に戻っていく。

「じゃあ、俺も部屋に戻るつもりだが……。ルカ、お前は?」
 ヴィルフリートが階段に足をかけて振り返るが、私はどうしようかな……。
「ニーナは帰ってきてる?  いるんだったら、ちょっと買い物に行ってくれるよう頼みたいの」
 悪魔と天使の本ね。小説のベストセラーじゃないやつ。
 ヴィルフリートは私ではなく室内のあらぬ方向を見ている。どうやら、ニーナの気配を探してくれているようだ。
「……いや、まだ帰っていないようだぜ。どこにもない」
 そうか、まだ先に頼んでおいた買い物から帰ってきていないのかな。
 洋服だったりするんだけど……頼んだのは私だけではなく……ヴィルフリートやルシさんも一緒になって、色々とカタログに印をつけて頼んでいたから、数は相当多いと思うし……。帰ってきていないのもしょうがないよね。

「やっぱりまだなんだ。それにしても気配の察知って便利ね……私も使えたらいいんだけど」
 私が羨ましそうに言うと、ヴィルフリートは『今度練習してみるといい』と軽く言ってのけた。
 あのね、私一般人なんだからね!  そんなことが出来れば苦労しないってば!!
 そんな不満そうな私の側へ、階段から降りたヴィルフリートがやってくると……私の心を見透かすような妖艶な眼差しを浮かべつつ私の髪に触れた。
 切れ長の眼にはある種の熱が込められていて、私を捉えて離さない。
「――何もすることがないなら……俺と『今日の分』を先に済ませてしまうのも悪くないと思うぜ?」
 今日の分、というのは、一日1回必ずやらなければいけない、性の交わりのことだ。
 別にセックスしなくても精さえ貰えればいいんだけど、ヴィルフリートもルシさんもそんな淡白なものではなく、精を与える過程のほうも重要と考えているわけで……ただ精を与えるだけではなく、内容を重視している。

 つまり『やらないか』と言っているわけよ……。

 そう面と向かってお誘いを受けると、とても気恥ずかしい。
 だから、つい視線を逸らし、普段より3割増しくらいの速さで、言い訳を考える。
「あの……シャワー浴びてからでいいかな。ちょっと汗で汚れちゃってるし」
「どうせまた汗をかくのに、先に入るのか?」
 もう何度も入らないままやっただろ、と言うんだけど、やっぱり気になるから入る!  と拒めば、仕方ないなと肩をすくめた。
「俺も自室にいるから、準備ができたら来いよ」
「あ、うん……」
 準備ができたら、って……それはすぐ『する』からって意味なんだよね?  なんか初めてじゃないのにドキドキしちゃう……。
 ぎこちなく頷く私を見つめ、ふっと微笑むヴィルフリート。
 わざと私の頬にキスをして『待ってるからな』と言って離れると、彼は階段を上っていく。

 その姿が見えなくなってから、キスされた頬に手を置いた。
 うーむ……。ルシさんが来てから、私ドキドキしてばっかりだなぁ……。
 ヴィルフリートも妙に『俺のルカ』って言ってくるし、ルシさんはルシさんで私の事を愛そうとしてくれているみたいだし。

 2人共、夜の番だと、1回で終わらせてくれないし。
(すぐ交代だと私の体力が続かないのと、
 お互い、正反対の属性を持つ男の精が放たれたばかりのところには入れたくないから、だそうだ。
 だから、朝の番と夜の番と半日に分けている)

 今日はヴィルフリートが夜の番だから……。
……激しく、されちゃうのかな……。

 ヴィルフリートの逞しい肉体にのしかかられて、荒々しく貫かれる――そんなところを想像するだけで、ゾクゾクして興奮してきた。
 いけない。こんなエッチな事考えてちゃ、私もっとダメになっちゃう……。
 きゅっと太ももを閉じて、熱っぽいため息を吐いた後、気を取り直して浴室へと向かっていった。

 まとめた髪の毛をヘアクリップで軽く束ね、服を脱ぎ去ると下着に手をかけた。
 鏡に映った自分を見て、その手を止める。
 前かがみの体勢で静止したまま鏡を見ている私。胸元で揺れているペンダントだけが、時を刻んでいるようだ。
 ……うーん。自分の基準で自分がどのあたりの外見レベルかを測ってみる。
……ひいきせずに……ブスではないと思う……けど、特別に可愛いっていうわけではないと思うんだよね。
 だから、ヴィルフリートやルシさんなら、もっと可愛い子捕まえられると思うんだけども。
 うん、胸はそれなりにある。こっちに来てから、また少し大きくなった気がするし。
 男の人に揉まれると大きくなるっていうから、本当だったのかな……。それともただの成長期だったのか。
 食べ物には気をつけているけど、身体を動かすのは日頃のヴィルフリートの訓練が酷い運動量だから健康には問題ないと思う。
 最近ではルシさんも加わって、アメとムチが絶妙なバランス過ぎる。結果、練習はますます厳しくなった。
 元々部活も体育系だし、体力には自信がある方だったけど……そんなレベルを超越している。
 明日もヴィルフリート教官にシゴかれるのかと思うと、気が重くなってくるよ……。
 下着も脱いで、脱衣所から浴室の扉を開いて中に入る。
 相変わらずお風呂からイイ匂いがするのは、あの草のせいだ。
 数ヶ月も入り続けていると、最初は嫌っていたあの気持ち悪い顔の草も慣れてきてしまった。
 今じゃ、こんなふうに浴槽の中に手を突っ込んで、むんずと掴んで床の上に放り投げることくらい簡単にできる。
 軽くお湯で身体を流し、身体を洗おうとした時のことだ。

「……?」
 急に落ち着かない気分になって、タオルで前を隠しながら浴室の様子を伺う。

 誰も居ないけれど、なんだか……ねっとりとした視線が自分に絡みついている気がする……。
「……誰か、いるの?」
 すっと立ち上がって、壁のほうに背を向けたまま尋ねてみたけど、当然返事はない。
 気のせい……であってほしいけど、ちゃんと何かの気配はする。
「…………」
 やだ、なんか怖い。丸腰だし、笑われるかもしれないけど、ルシさんかヴィルフリートを呼んだほうがいいのかも――……!
 声に出さないといけないけど、従者になると、主人に呼ばれているのが分かるらしい。
 それが危機的な状況であればあるほど、はっきりと伝わるらしいのだ。
「――……」
 口を開きかけて――……そんなことで悩んでいる暇なんかないのに、どちらを呼ぼうかと迷ってしまった。
 この場合は、ヴィルフリートだろう……いや、地下にいるルシさんのほうが早いかもしれない。

 その躊躇した一瞬が、私にとって明暗を分ける事となってしまう。

 私の背後……壁から、ぬぅ、っと青白い手が突き出てきた!
「きゃっ……!?」
 気づいて逃げようとした時には既に遅く、青白い腕は私の体をしっかりと捕らえていた。
「捕まえたぞ、人間の娘……!」
 壁から出てきたのは、黒い服を身に纏った……病的なまでに青白い肌を持った男だ。
 この男も凄絶な美しさを持ってはいたが、今は男に見惚れるような状況じゃないことや、私には既に美しい従者がいるから、感覚が麻痺しているのかもしれない。
 男の赤い眼を見ても、恐怖以外の感情がこみ上げることはなかった。
「き――……」
「大声を出すな。大人しく、我に従え……!」
 手で口を塞がれて、私の悲鳴は声にならず喉の奥でくすぶるだけ。
 な、なんなのこの人。まさか、まさか……レイプ魔……!?

 しかし、男は生暖かい息を私の首筋に吹きかけながら、クルースニクはどこに行ったと訊いてきた。

――……クルースニク?

 私の脳裏に、さっき出会った……白いいでたちの、銀髪の美青年が浮かんだ。
 クルースニク……って、クライヴさん……の事?

 この男は、クライヴさんを探しているのだろうか。
 だけど、口を塞がれた状態だから訊くこともできないし、知っていても喋れないんだけど……。

 そんな時、浴室の扉が破られんばかりの勢いで開けられて、2人が先を争うようにしながら姿を見せた。
「――ルカ!」
「ルカさんっ!!」

 ヴィルフリート、ルシさん……!
 血相を変えて、2人は私の危機に駆けつけてくれた……!
 涙が出そうになるくらい嬉しかったけれど、この男は私を離す気はないようだ。
「これはこれはヴィルフリート卿……。ご機嫌麗しゅうございます」
「バカかテメーは!  主人を人質(カタ)にされて、機嫌いいやつがあるか!  その女を離せ。命令だ」
 恭しく頭を垂れた男に、容赦無い言葉を投げるヴィルフリート。うん、普通にヴィルフリートの言っていることは正しかった。
 しかし、それを聞き流してか……男はルシさんにもう1人いない、と言って所在を尋ねる。
「クルースニクはどうした」
「おいコラ。何寝ぼけたこと言ってんだ……!
 あの男はここには居ないぜ。お前らを探しに、どこか行っちまったよ……。いいからルカを離せ!
 俺の主人に手荒なことをしようとした覚悟はできてんだろうな、あぁ?」
 今にも、男の喉を切り裂かんと飛びかかってきそうなヴィルフリート。そして、ルシさんも掌に光の力を収束して、隙を見て放たんとしているようだ。
「ここにはいないだと……?  では、我の前にクルースニクを連れてこい……!  この女は、クルースニクと引き換えだ!」
「邪霊よ……我らの主人とクルースニクは同等の価値ではありません!
 僕らは今ここでお前を打ち倒し、主人を奪還することも厭わないのですよ……!」
 ルシさんもヴィルフリートも相手の話に応じようとしない。
 が、男はそれに対して動じることなく……それどころかくつくつと笑っていた。
 口を大きく開くと私を引き寄せ、首筋をひと舐めするとそこへ犬歯を押し当てた。
「やめ――」
 思わず静止しようとするヴィルフリートとルシさんの顔に……満足げな顔をする、謎の男。
「従属化されては困りますか?  では明日の朝6時までにクルースニクを連れて南の時計台内部……中央広場へ来ること。
 それができなければ……この女は、我のものだ」
 それまで、預かっておく――と言った男に、悔しそうな顔をしたヴィルフリート。
「勝手に決めてんじゃねぇぞ!  第一……テメーがそれまでに何かしないとも限らねぇだろうが!」
 しかし、男は涼しげな顔で(見た目も涼しそうだけど)約束は守りますと笑う。
「ましてや、ヴィルフリート卿の主人であらせられるのならば、なおさらの事……」
 切にお願い致しますよ、と慇懃無礼に挨拶した後、壁に埋まっていく男と……腕に抱えられている私。
「――ルカ!  ルカっ!!」
「ヴィルフリート!  ルシさん……!」
 必死に手を伸ばそうとしたが、身動きも取れない私には叫ぶだけがやっとだった。

「ルカさん……!  必ず……、必ず助けますから!  決して希望を捨てずに諦めないでください!」
 壁に埋まるようにしてどこかに連れ去られる私の耳に届いたルシさんの声は、とても遠くで聞こえるようだった。
 そして――……ヴィルフリートは、辛そうな顔で私を見つめていた。

「……俺たちを……信じろ」

 ヴィルフリートが、はっきりといった言葉。
 私は、こくりと小さく頷いて――はっきり聞こえるようにと叫んでいた。

「待ってるから……!」
 ちゃんと、信じてるから……助けに来て。

 そうして――私の目の前は急に暗くなっていくにつれ、意識は急激に遠のいていった。

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