23.吸血鬼狩人

 出会い頭(がしら)『殺す』なんて物騒なご挨拶を受けたヴィルフリート。
 失礼ながらルシさんなら(元)天使だし、そうやって狙われるのも頷けるけど……。
 上級悪魔って、有名なんじゃないの?  ああ、わかったぞ、有名税……で、命を取られるのは困る。
 私の眼前では謎の白い剣士が、鋭い踏み込みでヴィルフリートの首を狙っていた。
 いや、狙っているのはいいんだけど、ヴィルフリートの腕の中に私はいるわけで。ヴィルフリートの喉を狙う=私の頭も危ない。
「ヴィルフリート、どうしたら……!」
「ちょっと悪ィな、ルカ。退いていてくれ」
 白い剣士の一撃を避け、私をルシさんのほうへと押し、意味を汲んだらしいルシさんは、私を腕に収めて4枚の羽根で包む。
 ふわふわしてて、あったかい……。ルシさんのいい匂いもするし、ちょっとドキドキする。
――じゃなくて!  確かに羽根はいつまでも包まっていたいくらい気持ちいいけれど、今はヴィルフリートの様子のほうが大事だ!
「ヴィルフリート……っ!!」
 あの剣士が誰だか知らないけど……ヴィルフリートが攻撃を受けているんだから危ない。
 私の声に反応して振り返る従者の悪魔は、いつものように余裕の表情を見せつつ、私に片眼を瞑ってウィンクした。
「安心しろ。あいつは敵じゃないし、俺は死なない」
 なんの根拠もなさそうな言葉なのに、ヴィルフリートが言うと……凄く頼もしくて、絶対大丈夫なんだと……何故かそう思えてしまう。

 ひらひらと相手の攻撃を避け、その合間に白い剣士へと何かを話しかけている。
 ヴィルフリートと白い剣士が会話を交わせば交わすほど、相手の攻撃の手は緩んでいって……ついには、剣を振るうことをやめたようだ。ああ、よかった。血が流れずに済んだみたいだ。
 そうは言っても、ヴィルフリートは剣を抜いてはいなかったから……うっかり怪我しなくて良かったよ。
「……終わったようです」
 事の成り行きを見つめていたルシさんは、幾分体に入っていた力を緩めて、私の体を覆っていた羽根も元のように戻す。
 彼自身も軽く戦闘態勢に入っていたようだ。まぁ、どさくさに紛れてどこかから襲い掛かる奴もいるかもしれないし、当然の事なんだろうな……って、あれ、私だけ何もしてない……。
 ただでさえ頭が悪いとか文句まで言われているのに、このままじゃ私は完全に無能扱いされてしまう……。
 今の生活はあまり主人らしからぬ状況……(来てからずっとこうなんだけど)
 しかも主に厭らしい意味で、やることはやっているだけだし、はたから見たら私は、男をはべらせて性行為に耽っているただの……ビッチなんじゃ……ないのか……。
 がっくりと項垂れた私の身体を抱きかかえるように支えつつ、ルシさんは私の様子に気づいたようだ。
「ルカさん……?  ああ、怖かったんですね。もう大丈夫ですよ」
 なんか私の様子をいい方向に勘違いしているようだけど、ルシさんもある意味被害者なんだよね……。
「……ごめんね、情けなくて」
「謝ることはありません。ルカさんを支えることは、僕にとっても喜びです」
 うう、この微笑がちょっと胸に痛いな……。まるっきりの善意だっていうのに。

「貴公が……あの『フォルカス』の後継者だとは……大変無礼な振る舞いをした」
 私が自己嫌悪に陥っている別のところで、先ほどの白い剣士はヴィルフリートへ軽く頭を下げ、己の非礼を詫びている。
 ヴィルフリートも気にするなと寛大に許している。なんだろう、普通だったら怒るのに……ルシさんにされた場合だけかな。
 いや、そんな事より……今、剣士さんが変な名前言ってたよね?

「……フォルカス?」
 不思議そうに尋ねた私に、ルシさんが『悪魔の名前ですよ。フォルカスは、知識も豊富で、何より薬を作るのがとても上手な悪魔なんです』と教えてくれた。
「じゃあ、ヴィルフリートは……本当は『フォルカス』っていう悪魔なの?」
 本当に何も知らなかったので聞いてみると、ヴィルフリートは面倒くさそうな顔をする。
「……結論から言えば、そうなる。だが、それは称号みたいなもんだし、俺の名前はヴィルフリートだ。
 フォルカスって呼ばれるのは好きじゃねぇんだよ。そいつだって、セラフって言っても、それが名前じゃないだろ」
 そうか……。職業の名前?  で呼ばれるようなものなんだ。
「……もう僕は『セラフ』ではありませんけれど……堕天してしまいましたから、ただの『堕天使』というべきでしょう」
 悲しそうな顔をするルシさん。この人は、きっとセラフでいることに誇りとかを持っていたのだろう。
 ごめんなさいという意思を載せてルシさんの手をそっと握ると、ルシさんはにこりと微笑んで私の手を握り返す。
「そんな顔をしなくてもいいですよ、ルカさん……。確かにセラフでいられなくなったのは残念でしたが、
 貴女に出会えて……僕は新たな喜びや、価値を見出すことができました。そこは本当に、感謝しているんです」
 ルシさん……。
「それどころじゃないだろ。天使の適当な言葉に騙されてんじゃねぇよ……」
 感動のあまりちょっとウルッときそうになった私の頭を、ヴィルフリートがワシッと掴む。
 ちょうど背を向けていたから見えなかったよ……。
 適当じゃありませんと不満げなルシさんをスルーし、ヴィルフリートはルシさんから私を引き離して剣士のほうへ連れて行く。
「これは俺たちの主人だ。ルカという」
「俺『たち』……?」
 白い剣士は、まじまじと私を見てから、ルシさんを訝しそうに見て……最後にヴィルフリートへ視線を戻した。
「……他にいるのか?」
「いや、俺とあいつだけだ。吸血種もいない」
 そう訊くと、剣士は納得したように首肯する。
「あの、ヴィルフリート。この人はいったい誰……?」
 おお、と思い出したような声を出して、ヴィルフリートは『こいつはクルースニク。吸血鬼専門のハンターだ』という紹介をした。
「……クルースニクの、クライヴだ」
 軽く頭を下げてくれたクライヴさんは、確かになんとなく……悪魔や天使とは違う雰囲気を持っていた。
「あ、よ、よろしくお願いします……」
 つられて頭を下げる私に、ヴィルフリートは『特によろしくすることはないぞ』と言っていた。
「しかし、魔界にいるとは珍しいですね。僕は人間の世界にしかいないと思っていました」
 ルシさんが好意的な眼差しを向けているのも珍しい。
「最近では、人間も激減してしまったばかりか……天使の監視が厳しいからな。
 吸血種はそのリスクを冒すよりも、格下の悪魔から血を摂取することに切り替えたようなのだ」
 クライヴさんの説明に、ルシさんが驚きの声を上げた。
「……見境が無くなってきましたね。ルカさん、十分に気をつけてください。人間の女性は狙われやすいですから」
「処女じゃないから味は落ちてるにしても、悪魔の血よりは美味いだろ」
 しれっと言ってのけるヴィルフリートだったが――誰のせいでそうなったと思ってんのよ。
 とにかく気をつけた方がいい、とクライヴさんは私たちに忠告すると、邪魔したなと言い残していずこへと去っていく。

「悪魔なのに人間ぽい人だね……」
「はぁ!?」
 ヴィルフリートが、また驚いたような声を出した。私が言ったことは、なんだか全部間違っている気がする。
「クルースニクは、人間から生まれた聖なる力を持った悪魔だぞ。人間ぽいのも当たり前だ」
「……え?  なに、言ってる意味がよく分からないんだけど……人間なの?  悪魔なの?」
 バカ、とまた言われて、頬を膨らませた私に、苦笑しながらルシさんが教えてくれる。
「彼らは一応人間なんですよ。よく、吸血鬼と人間の間に生まれる『ダンピール』と間違われやすいのですが……
 クルースニクは人間なのに、吸血種を討つための聖なる力や特殊な力を持っているのです。
 なので、天使の中でも彼らを嫌うものはそういません。
 一部の悪魔には畏怖の対象ですが……かといって、吸血種以外は特に相手にしないので、悪魔からもさほど嫌われていません」
 なんてわかりやすい説明をしてくれるんだ、ルシさん。ああ、と手を打った私は、要点をまとめてみた。
「要するに、器用貧乏なんだ」
「……人間から見れば十分非凡であると思いますけれども。ルカさんの解釈でもいいです……」
 肩を落とすルシさん。目に見えてがっかりしているのですが……。ついにはルシさんにまで距離を持たれた気がする……。

「で。どうすんだ?  もう少し回ってみるのか、城に戻るか……」
 空を見上げて『あいつらを倒すのは、日を改めてからにする』なんていうヴィルフリートに、ルシさんは難色を示した。
「集めてから一気に叩くつもりですか?  あまり集め過ぎると、余計なものも呼びこんでしまうと思うのですが」
「ルカを連れて行くにしろ、準備もあるから今日はやめておくだけだ。明日の朝掃除する」
 え、私もやるの?

……言葉に出すと、ヴィルフリートとルシさんに叱られそうな気がするので、言わないでおいた。
 結構ものを知らない私もダメなんだけど、あの蔑みの視線ばかり受けるのは、ツライよ……。
 今日あたり、ニーナに頼んで『悪魔・天使がよく分かる的な本』でも買ってきてもらおうかな……。
 ひっそり勉強しておかないと、呆れられちゃう(手遅れだけどさ……)

 2人は珍しく明日の予定について話し合いながら、私の前を歩いて城に戻っていく。
 うーん、いつもこうして争いをしないでいてくれればいいんだけど。
 やがて、話を終えた2人が寄り添うように私の両脇について、私の歩幅に合わせて速度を緩めてくれる。
 こうして一緒にいてくれる2人の為にも、何より自分の為にも頑張らなくちゃいけないな。

 軽く拳を握って、やる気を燃やす私は自分の事しか頭になくて――……。

 岩陰から私をじっと見つめる存在になど、まったく気が付かないままなのだった。

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