19.気が付けばトライアングル

 乱れた祭服をきちんと着直すルシさんを睨みつつ、私の身体をマントに包まらせるヴィルフリート。
 私は力の入らないぐったりとした身体をそのまま預け、考えようとしてもうまく働かない頭で、ゆっくり心に浮かんだ単語の意味を模索していた。

 贖物、とはいったいなんだろう。

 ラッキー♪  今日は贖物になっちゃったよっ!  とか喜んでいい事じゃない――というのは私がバカでも、それだけはわかる。
 ルシさん本人に聞いてみる方が一番確実だろうなぁ……という結論に達した私が彼の方をそっと窺うと、ルシさんは既に私を見つめていたようで、視線がばっちりかち合う。
「……ルカさん。そのような汚らわしい悪魔に身を捧げるのはおよしなさい……魂まで悪に染まってしまいますよ」
 ルシさんが冷ややかな言葉を私かヴィルフリート(両方なのかも)に宛てるが、私が反応するより先にヴィルフリートが反論した。
「うるせえ、この童貞野郎。汚ねぇのはどっちだ……!
 天使の分際で肉欲を知り、堕ちるとは愚か極まりないぜ」

 もう童貞じゃないはず……というか、天使にそういう概念があるかどうかはさておき。ヴィルフリートの罵りが飛んでも、ルシさんは意に介さない。
「君になんと言われようと構いませんよ。まぁ、天使に女性を寝取られるようでは……魔界の笑いぐさでしょうけれど」
「俺の女じゃねぇよ!  主人だ!」
「ああ、そうだったのですか……。では、君は余程恥ずかしいでしょうね。
 仮に僕がルカさんを好いても、君には何も問題ない――というのも理解しました」
「大ありだ!  ルカは俺のだぞ!?  チョロチョロ周りをうろつくな!」
 ギリギリと歯を噛みしめるヴィルフリートと、冷静に挑発するルシさん。
「あのー……私、ヴィルフリートのモノじゃないけど……」
「あ゛ぁ!?」
 殺人光線を出しそうな目つきで、私にすごまれても……やばい、怖いよぅ……。
 私の死亡フラグが見えてきそうだよ……!

「ルカさんが怯えていますよ……ああ、可哀想に……」
 ルシさんが慈しむような目で見つめて両手を広げてくれるけど、
 私すみません今そっち行ったら確実にヴィルフリートに殺されますから。よしんば殺されなくて済んでルシさんに抱きしめられたとしても、ルシさんが今度何かしてこないとも言えない。
 ていうかさ。第一、ニーナのせいでもあるんじゃないの?

 しかし、私がニーナへ文句を言うより早く――ヴィルフリートはそっと逃げようとしていた女悪魔を魔法で拘束していた。
「あうっ……!」
 急に身体を拘束されたためか、転倒するニーナの肩口に足を乗せて踏みつけたヴィルフリート。
 笑顔ではあるが、その眼は笑っていない。
 赤い瞳の奥にくすぶる暗い灯火は、殺意か怒りか。
「ニーナ。随分面白いことをしてくれたもんだ。
 前回……ルカが処女だった事は俺にも落ち度があったから許してやったが、今度という今度はもう許さねぇ……。
 どうする。力を封じた上、催淫剤でも飲ませて三ヶ月間牛野郎どもにケツ向けるか?  ゾンビでもいいぜ。
 なんなら、その天使の上に跨らせてやろうか?  お前のソコが二度と使えなくなるけどな……
 おお。人間界に放置しておくか……魔女として処刑されるだろう」
「いや……嫌ですっ……!  お情けを……!」
 ニーナはボロボロ涙を零しながら、ヴィルフリートへ嘆願している。
「嫌だと言って済むんなら、ルカは何回嫌がったんだ?
 しかも、催淫をかけてまで天使を犯させやがって……」
 震えるニーナをつま先で仰向けに寝かせ、ヴィルフリートは私のマイバッグからペットボトルを一本取り出すとキャップを捻って開封させた。
「反省させる必要はあるが、手段を講じている間も遊んでいて貰うか。とりあえずお前の魔力は抜いておくぞ」
 言いながら何か水に向かって魔法をかけると、いつの間にか黒い粒がいくつかヴィルフリートの手に握られている。ちょうどラッパのロゴの丸い薬みたいな色と形。
 それを水に落とすと……ムクムクと丸薬が割れ、先が伸びて形が変化していく!

 ペットボトルの口から出てきたのは、細長い生物。体は柔らかくて緑色をしている。
 体、なのかな。なんか細長くてフニャッとしている。骨とかも当然ないので、ものすごくやる気ない感じ。
 水を吸収したせいか、ぬるぬるとした液を滴らせて這いだした生命体は、べちゃりと床に落下してその周辺の床を汚す。
 それを見つめるルシさんは露骨に嫌悪する表情をし、眉間というか鼻というか……不快すぎるせいでその辺に皺が深く刻まれていた。
 うぞうぞと蠢くそれは、幼虫みたいな動きで私の方にやってくる……のを、ヴィルフリートが足でニーナの方へと追いやった。
「ひっ……!」
 ニーナも嫌がって体を丸めるようにしたが、ヴィルフリートがそれを許さず、太股の裏を踏みつけて足を開かせていた。
「こ、この触手スライムだけは、いやっ……!」
 しょくしゅスライム。なんだろう、触手なんかないけど……。ニーナが血色を失うほどなのだから、相当嫌なものなんだろうな。
 ぴた、と、その『触手スライム』とやらがニーナの太股に触れると、ぴたりと歩みを止めて、まるでこれからの行動をどうするか考えているようにじっとしている。
「いやぁぁ……!!」
 ニーナが頭を振って、どうにも打開できぬ現状を憂いているけど、そんなにこれ嫌なの?  夏冷蔵庫に入れて置いたら涼しそうじゃない?

 と。その時だった。
 触手スライムの背中がバリバリと乱暴に裂けて、細長いものが一気に飛び出してきた!!
「うわぁ……」
 あれ内蔵……じゃないや。なんか細い管。いやいや、違う。あれこそが触手だ!!
 触手がニーナに絡み付き、体を絞めあげるように巻き付いていく。
「いやああっ、痛い、痛ぁぃ……!」
 ちょっと絞め過ぎなんじゃないの、と思うくらい、ニーナの体に食い込む触手。柔らかそうなおっぱいも、むっちむちの太ももも、容赦なく肉をひしゃげ、本来の形を変えている。
 ニーナの胸なんか、黒いボンテージからはみ出してポロリしちゃってる。思わず吸いつきたくなるような頂点の部分を、触手の突起部分……二つに分かれた内側の襞で挟み込んでいる。
「あうぅ……!  痛、やだ、針刺さないで……!」
 えっ、針とか出てんの?  どの辺から出しているのかはわからないけど、襞の部分にそういうモノがあるのかな?  やばー、何だかわからないから、あのスライム余計に怖い。
 ニーナが全身をのたうちまわらせているのでヴィルフリートに『触手スライムはなんなの』と恐々聞いてみると、仕置きにも教育にも使える便利な生物だと語る。

「魔力のある水に落とすと、そこから発現する生命体。水は汚れていようとも清くても、魔力さえ含んでいれば産まれる」
 そこへ、ルシさんが私の近くに歩を進めてくると、ヴィルフリートが自分の胸元へ私を隠すように押し込める。
「…………」
「…………」
 私には見えないけれど伝わってくる、にらみ合う二人の一触即発な空気。
「……あのぅ……聞きたいことがいっぱいあるんだけど……」
 すっかり気を逃した、贖物とか。触手スライムの針とか。服着たいなとか……。
 だけれど、私の聞きたい事より先に、ヴィルフリートが睨みを利かせてきた。
「俺も言いたいことが山ほどあるぜ。急にキレたと思ったら天使を助けて、
 あげくニーナの罠にハマって天使とヤって、贖物になってるとか。
 バカかよ。実は怖いナントカ童話の主人公だってそんな悲劇はないぜ。
 ここで最後に天使をブチ殺しました、まであれば最高だけどな」
……そこまで言わなくてもいいじゃない。この口撃、どうやらヴィルフリートは余程腹に据えかねているようだ。
「そ、そうだ……!  あのさ、贖物って何?」
 話を逸らす為にも、私はルシさんに聞いてみた。
「贖物というのは……早い話が僕の穢れと罪を、ルカさんに背負って貰う――という事です。
 ただ、そうされても僕はもう天界へ帰ることはできません。ですので、その責任を取っていただくための……一世一代の呪いをかけた、とでも申しましょうか。
 僕の側にいなければ、ルカさんは瘴気の吸収が早くなっていくんです」
……ルシさんは天使の微笑みを浮かべて恐ろしいことを教えてくれた。
 でも、私には……ヴィルフリートとの契約があるから、
 その。ルシさんが呪いをかけたとしてもあまり痛くないのではないだろうか。
 ところが……ヴィルフリートは極めて凶悪な顔をしたままだし、ルシさんは薄く笑ったまま私の出方を探っている。
「……なんかマズいの?」
「マズいどころの騒ぎじゃない。一大事だぜ。
 いいか、俺は現段階で、人間への体に影響があるものを無効化してるだけだ。
 吸収が早いって事は……通常より余計に吸い込んでるって事と等しい。それも、多分2倍とか3倍とかそれくらいだろう。
 つまり……そこのクソ天使と一緒に居ないと、お前は早死にするって事だ」
 ヴィルフリートの説明を、ルシさんはその通りです、などと悪びれもなくあっさり認めている。
「……うっそ……」
「嘘ならまだ幸せに暮らせたでしょうね、ルカさん。僕を犯した罪は償って貰います。ずっと」
……ん?

「ずっと?  死ぬまで?」
「おや。一度死ぬ程度で終わると思っているのですか?
 被害にあった僕は、ずっと心に傷を負い、転生しても未来永劫天には帰ることができないというのに……?」
 すぅ、とルシさんの目が細められた。

 なんか。この責任取ってくださいパターンは、前にも同じような展開があったぞ……!!

「……えーと、つまり、はっきり、分かりやすく言って欲しいなぁ……?」
「おやおや……この僕から言わせようとしているんですか?  意地悪な方だ。
……つまり、その悪魔と同じように、貴女は僕とも一緒にいなければならない。
 そして贖罪の方法は、自分がされたことをそのまま返すこと……つまりは、僕はルカさんを毎日――」
「わぁああ!  もうそこから先は言わないでいいよ!」
 ヴィルフリートの貌が超怖くなってるし!  それ以上続けたら、ヴィルフリートがルシさんの首をへし折りそうだよ!
「しかも、何が嫌かって……こいつと代(か)わる代(が)わるお前を抱かなけりゃいけないって事だ。
 天使と同じ女を抱くとか最悪だろ」
「嫌なら君が手を出さなければいいのです」
「それだと、ルカが病気になるんだよ」
「この部屋程度の規模なら、浄化できます。
 僕とルカさんは、ここで暮らせば大丈夫なので……悪魔に汚染された魂を、癒して差し上げます」
 2人きりで、ずっと一緒にいましょう――なんて言って微笑むルシさんは、顔と態度だけ見れば、うっとりせざるを得ない超絶美形である。しかしこのエンジェルスマイル炸裂で、言っていることっていうのは――
『2人は転生しても一緒なの。ずっと一緒に、いっぱい癒しあおうね』っていう……まさかのヤンデレだった。

 初体験(?)が、あんなヒドいものだったら性格も歪むかもしれないけどさ……ヤンデレにしてしまったのは私のせいなの、かも……。

 ところで、ニーナはどうしているのかしら。
 何かのきっかけでいきなり喧嘩を始めそうなヴィルフリートとルシさんを気にしながらも、彼女の様子を伺ってみる。

「あん……んふぅっ……」
 なんと、ニーナは恍惚の表情を浮かべて、触手スライムに体中をまさぐられつつ、触手たちを受け入れていた。
 口辱もさることながら、ナカにもいっぱい入り込んでるし……あと、どうやらここからではよく見えないけど、お尻にも……あれ絶対入っちゃってるよね、という感じ。
 淫らに腰まで振って、美味しそうに触手をしゃぶっていた……。

「ニー、ナ……」
「あー。気にしなくていいぞ。あの触手から染み出す催淫作用のある体液を針から注入してるからな。
 かなり強い作用だから、淫魔でさえああなってる。人間は狂い死ぬかもな」
「天使でも、あの触手スライムに毎年手を焼いていますからね……。
 悪魔や邪な人間に騙されたりしているため、そのせいで堕ちてしまうという犠牲者はそれなりにいるのですよ」
 ああ……正体を知っていたから、ルシさんがすごく嫌な顔をしていたのか……。
「あれ……?  でも、毎年そうして犠牲が出ていたら、天使いなくなっちゃうんじゃない?」
 何気なく出した質問だったが、ルシさんは寂しそうな顔をして私から視線をはずした。
「……神が、新たにお作りになられるのです。
 誰か1人が戻れなくなれば、1人天使が産まれます」

……じゃあ、ルシさんの代わりは、もう……天界で産まれるんだ……。

「……ごめんね、つらいことを言わせちゃった……」
「いいえ。自覚しなければならないことですから……。
 ただ、ルカさん。貴女自身のためにも、僕をお側に置いてくださいませんか……?  僕には他に行く場所がないのです」
 ルシさん……なんて悲しそうな顔を……!
 きゅぅん、と、私のなけなしの母性本能がくすぐられる……!
「うん、私のせいでこうなっちゃったから、私が側に置くよ!  ごめんなさい、ルシさん……!  でも私の命も必ず保証してね!」
「はい。僕は貴女をもう裏切りません。この身がある限り……いえ、生まれ変わってでも必ず守ります」
 また輝く笑顔を向けるルシさん。ううぅ、眩しい……!  なんだ、この笑顔は……!  ホント浄化されそうなんですけど……!

「おいコラ!  コロッと騙されてんじゃねえぞ!!
 だいたい、お前を拒否しなかったのはこいつの責任だろ!  なぁにが『生まれ変わっても守ります』だ。
 契約の印もでないくせによく言うぜ。転生してから見つけられるとでも思ってんのか」
 すこぶるヴィルフリートの機嫌は悪い。
 だけど、ルシさんもおとなしそうに見えて言われっぱなしではなかった。
「ルカさんが、その証を欲するのでしたら浮かび上がらせますよ。
……ただ、独占欲や支配欲で刻印を施すのは好きではありませんし……
 何より、生まれ変わっても、刻印がないと見つけることができないような無能には成り下がりたくありませんから」
「言わせておけばッ……!」
「待って、待ってヴィルフリート!!  私お風呂……お風呂入るから早く連れて行って!  お願い!」
 ルシさんに掴みかかろうとしたヴィルフリートの身体へ必死にしがみついて止める。
「……そうだな。早いとこ流そうぜ」
 ひとまず怒りを抑えたヴィルフリート。私を抱えあげて、ルシさんに『ついてくんなよ』と言い残し、あられもない声を上げているニーナを一瞥すると通り過ぎる。

 ああ、よかった。なんか、私しょっちゅうお風呂に入れてもらってる気がするけど……こうして引き離すしか方法が浮かばなかったんだよね。

「ヴィ――」
 少し安心した私だったが、その顔はひきつることになる。
「ようやく、ゆっくり話せるな」
 一単語ずつ、しっかりはっきり区切って伝えてくれる笑顔のヴィルフリート。
 これは喜んでるんやないで。怒っとるんや……。
 何故か関西弁になってしまうくらいに、私の胸中は不安と恐怖にじわじわ満たされていくのだった。

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